夫が必死になって探していた物
それから数日後の休日、朝から夫が、何やら家の中を探し回っていました。引き出しを開けたり棚の中を確認したりしながら、だんだん焦った表情になっています。そして私のところへ来ると、「俺の昔の腕時計、知らない? あの箱に入れてたやつ」と聞いてきました。
その腕時計はすでに壊れていて、何年も使われていない物でした。私は夫の言葉を聞いた瞬間、先日のバッグのことを思い出しました。そこで、「ずっと使ってないなら邪魔なんでしょ? じゃあ、私が勝手に売っても問題ないってことだよね」と静かに返しました。
すると夫の顔色が変わり、「それとこれとは違うだろ! あれは俺の大事な物なんだよ!」と声を荒らげたのです。私は夫を見ながら、「私のバッグも同じ。使っているかどうかと、大切かどうかは別でしょ」と伝えました。さっきまで必死だった夫は、そこでようやく黙り込みました。
自分が同じ立場になって気づいた夫
実は、夫の腕時計を売ったわけではありません。私は時計を別の場所へ移していただけでした。しばらくしてから時計を持ってきて夫の前に置き、「勝手に大切な物をなくされたら嫌でしょ?」と伝えました。
夫は時計を見てホッとしたようでしたが、すぐには何も言いませんでした。ところがその日の夜、夫のほうから「勝手に売ったのは悪かった」と謝ってきたのです。バッグを売って得たお金も、すべて返してくれました。
もちろん、お金が戻ってきても思い出のバッグそのものが戻るわけではありません。それでも、自分が同じような立場になったことで、ようやく私の気持ちが分かったのでしょう。それ以来、夫が私や娘の物を勝手に処分することはなくなりました。
使っていない物であっても、そこには本人にしか分からない思い出や価値があるものです。家族だからといって、相手の持ち物を勝手に処分していい理由にはならないと感じた出来事でした。
【体験者:40代・主婦、回答時期:2026年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:佐藤 栄祠
大手メーカーの営業を経て、ライターに転身。会社員時代に培った経験と、組織の一員であるからこその“喜怒哀楽”をリアルに伝え、「誰かを癒したい」との思いが執筆の原動力。スピリチュアル関連情報にも精通しており、それらに傾倒する人の思いを描いたエピソードも好評。
