これは、友人の舞奈さん(仮名)から聞いた話です。祖母をしのぶために帰省した終戦の日、舞奈さんの前に見知らぬ少年が現れました。暑い夕暮れに起きた、今も説明できない少し切ない出来事をご紹介します。
古い写真が伝えた真実
その夜、祖母の遺品を整理していると、古いアルバムから1枚の写真が落ちました。写っていたのは、昼間に会った少年によく似た男の子でした。裏には「昭和20年夏、疎開先で亡くなった従兄」とあります。
さらに祖母の日記を開くと、「あの子は最後まで水を欲しがっていた。何もしてあげられなかったことが心残り」と書かれていました。昼間の出来事と重なり、全身に鳥肌が立ちました。
終戦の日に供える1杯の水
翌年から私は、仏壇だけでなく庭にも冷たい水を供えています。あの少年が再び現れることはありませんでした。ただ、水を置いたあと、どこからともなく「ありがとう」と聞こえた気がする年があります。そのたびに、祖母の長年の心残りが少しだけ癒やされたように思えるのです。
本当にあの日の少年が誰だったのかは分かりません。それでも終戦の日には、戦争で命を落とした人たちへ静かに手を合わせ、水を供えることが我が家の大切な習慣になっています。
【体験者:40代・主婦、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:佐藤 栄祠
大手メーカーの営業を経て、ライターに転身。会社員時代に培った経験と、組織の一員であるからこその“喜怒哀楽”をリアルに伝え、「誰かを癒したい」との思いが執筆の原動力。スピリチュアル関連情報にも精通しており、それらに傾倒する人の思いを描いたエピソードも好評。
