母の「日記の内容」
数年後、母は静かに旅立ちました。「もっと手を握ればよかった」「もっと笑いかければよかった」そんな後悔が何度も胸を締めつけました。そして遺品を整理していたとき、あの日買った日記帳が出てきたのです。
おそるおそるページをめくると、そこには「今日、娘と買い物に行って楽しかった」「今日は怒られた。娘が私を心配してくれた証拠ね」「名前は思い出せない。でも、きっと私の一番大切な人」気づけば、どのページにも私がいました。
私は子どものように大声で泣きながら日記をぎゅっと何度も抱きしめました。そのとき、閉め切ったはずの部屋でカーテンがふわりと揺れ、母が生前愛用していた柔軟剤の香りが、ふわっと漂ってきたのです。「……お母さん?」
あの日が、少しだけ救ってくれた
「人は亡くなっても、大切な人を想う心は、この世に残ると言われています」四十九日の法要で、住職はこんな話をしてくれました。その言葉を聞いたとき、あの日の風と香りを思い出しました。偶然だったのかもしれません。思い込みかもしれません。それでも私は、母が最後に会いに来てくれたのだと思いたいのです。
認知症になって、名前も、昨日の出来事も忘れてしまった母。でも最後まで忘れなかったのは、娘である私への愛でした。そう思えたとき、「もっと何かしてあげられたかもしれない」という後悔が少しだけやわらぎました。あの日、母が残してくれた日記は、私の大切な宝物です。
【体験者:40代・女性会社員、回答時期:2026年1月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:島田歩実
元銀行員として、女性のキャリアやお金にまつわるあれこれを執筆中。アメリカへの留学経験もあり、そこで日本社会を外から観察できたこともライターとしての糧となる。現在はSNSなどを介してユーザーと繋がり、現代女性の声を収集中。
