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筆者の実体験です。家事の「気づいたほうがやればいい」は、一見平等に聞こえます。でも実際は、“気づく人”ばかりに負担が偏ることに。家事の負担って、手を動かすことだけじゃないんだなと思った出来事です。

「気づいたほうがやる」の違和感

夫は昔から、「家事は気づいたほうがやればいいじゃん」が口ぐせでした。たしかに、一見すると平等な考え方です。でも日常生活のなかで実際に気づくのはだいたい私。

トイレットペーパー、子どもの水筒、子どもの保育園の持ち物、氷の補充、シャンプーの詰め替え……夫は気づかないままでも普通に生活できるのに、私は常に家全体を監視しているような状態でした。

“気づかない人”のほうがラク?

ある日、空になった麦茶ポットを見ながら、ふと思ったのです。「これ、“気づかない人”のほうが得してない?」と。

気づいた側がそのまま補充する流れなら、気づかない人ほど負担が減るシステムになってしまいます。もちろん私も気づいていない部分もあるけれど、気づく人ばかり苦労して、気づかないほうがいつもラクなのは変です。

新ルール提案

そこで私は、新ルールを提案しました。「“気づいたほうがやる”じゃなくて、“気づいたほうが共有して、やる人を決める”にしない?」

たとえば私が洗剤切れに気づいたら、「洗剤がないから補充お願い」と夫へ共有する。逆に夫がゴミ箱がいっぱいになっていることに気づいたら、自分でやってもいいし、「今日お願いできる?」と相談してもいい。“気づいた人が自動的に損するシステム”をやめよう、という話でした。

家事は「気づき続けること」

数日後、夫は自分が何度も「これお願い」と言われる側になって初めて、“気づく → 考える → 動く”が意外とエネルギーを使うことを理解したようでした。それ以降、「気づいたほうがやる」は減り、家事を“気づいた人だけの仕事”にしないというお互いの意識が少しずつ生まれました。

家事って、手を動かすことだけじゃないんですよね。常に周囲を見て、「次に必要なこと」を考え続ける。それ自体が、かなりの労力なんだと思った出来事でした。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2022年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:橘 りお
大学卒業後、保険会社で営業関係に勤務。その後は、エンタメ業界での就業を経て現在はライターとして活動。保険業界で多くの人と出会った経験、エンタメ業界で触れたユニークな経験などを起点に、現在も当時の人脈からの取材を行いながら職場での人間関係をテーマにコラムを執筆中。

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