厳しく育てられた幼少期
母自身がピアノを習っていたこともあり、母は私たち三姉妹のうち誰かをピアニストにしたかったのかもしれません。小学校低学年の頃から深夜まで練習は当たり前。思うように弾けなければ「じゃあ勉強をやりなさい」と机に向かわされました。
うまくできても褒められた記憶はあまりなく、できないときの叱責のほうが、何倍も大きく心に残っています。
親戚から聞いた、母と祖母の話
月日は流れ、私たち姉妹も大人になりました。そして母方の祖母が亡くなり、通夜と葬式には遠方から多くの親戚が集まりました。そして、その中の一人が、ぽつりと教えてくれたのです。
「おばあちゃんは長男ばかり可愛がっていて、下の娘だったあなたのお母さんのことはあまり構っていなかったのよ」と。さらに、母が県内でもトップクラスの進学校に入学したときも、ピアノをどれだけ頑張っても、祖母はほとんど褒めることがなかった……そんな話も聞きました。
もちろん、それはあくまで親戚から聞いた話ですし、母本人に確かめたわけではありません。真実かどうかは分かりませんが、ただ、その話を聞いたとき、私は胸がざわつきました。
もしかしたら、褒めてほしかったのかもしれない
私たち姉妹は顔を見合わせました。子どもの頃に母から受けてきた厳しさが、ふと頭をよぎったのです。もしかしたら母は、自分がしてもらえなかったことを、別の形で取り戻そうとしていたのかもしれない。もしかしたら祖母に「よくやったね」と言ってほしくて、優秀な子どもを育てたかったのかもしれない。
もちろん、これは私の憶測にすぎず、母が本当にどう感じていたのかは分かりません。けれど、棺の中で眠る祖母を見ても、母は最後まで涙を流すことはありませんでした。母のその横顔に、私は言葉にできない感情を覚えました。
悲しみの連鎖を止めるために
子どもの頃の私は、母を理解できませんでした。優しいお母さんを持つ友達をうらやましく思い、どこかコンプレックスも抱えていました。けれど、親戚の話を聞き、母の静かな様子を見ると、胸がずしんと重くなりました。もし、この話が事実だったのだとしたら……。
母もまた、満たされない思いを抱えたまま大人になったのかもしれない。そう思うと、ほんの少しだけ「厳しかった母」の見え方が変わった気がしました。
だからこそ私は、自分の子どもには同じ思いをさせないようにしたい。もし母が抱えていたものが本当にあったのなら、その悲しみの連鎖は、ここで止めたい。そう強く思った一日でした。
【体験者:30代・自営業、回答時期:2026年1月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Mio.T
ファッション専攻の後、アパレル接客の道へ。接客指導やメンターも行っていたアパレル時代の経験を、今度は同じように悩む誰かに届けたいとライターに転身。現在は育児と仕事を両立しながら、長年ファッション業界にいた自身のストーリーや、同年代の同業者、仕事と家庭の両立に頑張るママにインタビューしたエピソードを執筆する。

