孫は“自分の作品”
義母は、孫を「自分の遺伝子の作品」だと本気で思っているタイプ。かわいがっているというより、孫を使って自己肯定感を満たしている発言が多く、私も夫も強い違和感を抱いていました。
会うたびに「私にそっくり」を連呼しますが、実際は親戚や友人、保育園の先生までもが「ママに瓜二つ!」と口を揃えるほど、私似でした。
自分由来にしたがる義母
家族旅行の写真を見せても、義母の関心は景色や思い出話などではなく孫の容姿だけ。「脚が長いのも私のおかげね~」「水着が似合うのも私に似たからよね」と堂々と言い切ります。
幼稚園の発表会で主役になったと聞けば、「私も6歳で主役だったからね」と即マウント。孫の努力や親の関わりは完全に無視され、話題は必ず義母の武勇伝にすり替えられていきました。
母親の存在が消される感覚
フルーツが好きだと言えば「それも私にそっくり」と即認定。好みも性格も才能も、すべて“自分由来”にしないと気が済まない様子でした。
「お腹を痛めて産んだのは私」という事実は、義母の認識の中には存在せず、私は孫を運んできただけの通過点のように扱われ、疎外感すら覚えていました。
いちばん効いた一言
そんな義母が“自分に似ている話”をしなくなったのは、孫本人に事実を突きつけられた日でした。
その日も義母は「ばぁばにそっくりでよかったね~」と孫に刷り込もうとします。しかし娘は笑顔で、「え、違うよ。『ママに似てるからかわいいんだね』っていつもお友達にも言われるんだよ。うれしい!」と即答。
義母の笑顔は凍りつき、それ以降、自分に似ている自慢はしなくなりました。大人が止められなかった勘違いと不要なマウントを、子どもはあっさり否定。それが、ここ数年のモヤモヤをいちばんスカッと晴らしてくれた瞬間でした。
【体験者:20代・主婦、回答時期:2024年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Ryoko.K
大学卒業後、保険会社で営業関係に勤務。その後は、エンタメ業界での就業を経て現在はライターとして活動。保険業界で多くの人と出会った経験、エンタメ業界で触れたユニークな経験などを起点に、現在も当時の人脈からの取材を行いながら職場での人間関係をテーマにコラムを執筆中。

