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顔が見えないからこそなんでも気軽に相談できる――コールセンターにはそんな特性があります。しかし、その「距離感」を取り違えるお客様がいたらどうなるのでしょうか。私が勤務していた旅行会社のコールセンターで、あるお客様の行動によりセンターがざわついた出来事を紹介します。

指名No.1オペレーター

同僚の熊木さん(仮名)は、デスクで一番の人気オペレーターでした。元添乗員としての幅広い知識から、ガイドブックにも載っていないリアルな情報を織り交ぜて提案ができる旅行のスペシャリスト。当然、「熊木さんにお願いしたい」という指名電話が後を絶ちませんでした。

突然の「来訪宣言」

ある日、熊木さんが北海道旅行をコーディネートした男性のお客様から電話が入りました。この男性客は、熊木さん以外のオペレーターとは話さないというほど熱烈な「熊木ファン」で有名な方。

旅行後の報告だと思い、熊木さんが電話に出ると、「今、ビルの入口まで来ているんだ。北海道のお土産を持ってきたから、下まで来てもらえないかな?」

熊木さんは「お気持ちだけで十分です」と丁寧に断りましたが、「もう下に来ている」「渡すだけだから」と引き下がりません。実店舗でないオフィスビルに突然来訪されること自体、通常では考えられません。熊木さんは青ざめた表情で上司に助けを求めました。

上司の英断

状況を聞いた上司は、「わかった、私が行きましょう」と言って、熊木さんに電話を切らせ一人でエントランスへ向かいました。

そこで男性客に対し、わざわざ足を運んでくださったことに感謝を伝えつつ、はっきりこう伝えたのです。「熊木は電話専任のオペレーターであり、個人的にお客様と対面することは会社の規定で禁じられております」

上司の有無を言わさない説明に、男性客は「じゃあ、お土産だけ渡して」と北海道の有名なクッキーの袋を渡しました。上司は、「業務として当たり前のことをしただけなので、今後このようなお気遣いはどうかなさらないでください」と、男性客を刺激しないよう、これも丁重にお伝えしたのです。

コールセンターの境界線

上司が仕事上の境界線をはっきり示したことで、男性客も自身の行動が行き過ぎていたことに気付いたのか、おとなしく帰って行きました。もし曖昧な態度を取っていれば、より深刻な事態に発展していたかもしれません。

コールセンターは顔が見えない声だけの関係ですが、そこにお客様とオペレーターの信頼関係も生まれます。しかし、その物理的な壁を超えようとした瞬間にその信頼は崩れてしまうのです。

男性客は純粋に「感謝」を伝えに来ただけだったのかもしれません。しかし、一歩間違えばストーカーや重大なトラブルに発展しかねない現代。「電話の中だけで完結する」そのドライに見えるルールこそが、良好な関係を守るための、最大の防御壁なのだと痛感した出来事でした。

【体験者:60代・女性会社員、回答時期:2025年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:Sachiko.G 
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。

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