別フロアで見つけた意外な光景
入社3年目の夏、私は1か月にわたる大型イベントの担当チームに加わりました。このイベントは、ホテルの夏の集客を左右する社内でも注目のプロジェクト。リーダーは、仕事ができると評判の川崎さん(仮名)でした。私はイベントに関われることに喜びと緊張を感じながら、自分の担当業務を一つひとつ必死に進めていました。
ある日、書類を届けに別部署へ向かう途中、全く関係のないフロアで川崎さんの姿を見かけました。普段とは違い、険しい表情で電話をしています。「そこをなんとかなりませんか……」「今すぐ原稿を送りますので」どうやら取引先との対応のようでした。
リーダーが隠したこと
自席に戻った後も、先ほどの光景が頭から離れませんでした。しばらくして戻ってきた川崎さんは、何事もなかったようにFAXを送り始めます。宛先は、パンフレットを依頼している代理店。
たしか印刷直前のタイミングのはず……。先日、代理店に送った最終稿の原稿を見直してみると、一箇所だけ致命的な誤字があったのです。
後日、予定より1日遅れで届いたパンフレットは、正しい内容に修正されていました。私は、いつも堂々としている川崎さんが、ミスを隠すように別の場所で電話をしていたことにショックを受けました。
任せきりだった自分への気づき
しかし次第に、川崎さんも私には想像もできないほどのプレッシャーの中で、孤独に戦っているのかもしれないーーそう思うようになりました。そして、忙しい先輩にパンフレットの校正まで任せきりにしていた自分に気づき、恥ずかしさが込み上げてきたのです。
翌日、私は思い切って提案しました。「これから作成するチラシ、私が一次チェックをするので、ダブルチェックをお願いしても良いですか?」川崎さんは少し驚いたような表情を見せた後、「助かるよ。成長したな」と微笑みました。
支え合いで走り切った夏
それからは、印刷物に限らず、何事も2名で確認し合う体制が定着。ミスはなくなり、結果的に効率も上がりました。川崎さんが一人で抱えていた仕事を皆で少しずつ分担し、彼はリーダーとしてプロジェクトの推進役に専念できるようになったのです。イベントは大盛況のうちに幕を閉じ、ホテル全体が活気に満ちた夏となりました。
他人からは完璧に見える人も、実は大きなプレッシャーの中で誰かの支えを必要としているーーあの日の電話の光景は、チームとは「弱さを分け合う場所」なのだと教えてくれた出来事でした。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年10月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。

