伝わらない英語、募る焦り
私が以前勤めていた英会話学校では、スタッフの約半数が外国籍で、その多くは日本語がほとんど話せませんでした。 私は総務部で、彼らの住居や生活のサポートを担当。日常的に英語でのやり取りが求められました。
書面やメールなら問題なくこなせるのに、いざ直接話すと、思うように話が伝わらず、 相手が困ったように眉をひそめるたび、喉の奥がぎゅっと詰まるようで、次第に外国人スタッフと話すのが怖くなっていったのです。
片言英語の魔法使い
同じ総務部の内藤さん(仮名)は、私より20歳ほど年上の大先輩で、いつも笑顔を絶やさない方でした。外国人スタッフにも慕われていて、いつも楽しそうに話しています。そばで聞いていると、英語は単語の羅列に、日本語も時折まじっています。それでも身振り手振りを交えた会話は不思議と通じ合い、笑い声が絶えませんでした。
自信喪失と先輩の一言
ある時、ジル(仮名)というアメリカ人女性スタッフが来日しました。私は手続きのために面談を行いましたが、聞き慣れない訛りが強く、ほとんど聞き取れません。 何度も聞き返すうちに、ジルの表情には苛立ちが浮かび、結局、後日メールでやり取りすることに。私はますます自信を失いました。
それから2週間ほど経った頃、内藤さんが「昨夜、ジルがうちに来たのよ。元気がなさそうだったから声をかけたら、どうやらホームシックみたいでね。うちに呼んで、家族と一緒にご飯を食べたの」と話してくれました。
私は思わず、「ジルの言葉が聞き取れないんですけど、内藤さんはわかるんですか?」と尋ねると、 内藤さんは笑いながら「分からないけど、何を言いたいかなんて、なんとなく分かるじゃない?」と、こともなげに言ったのです。
言葉の奥にある「気持ち」
その一言に、私はハッとしました。 正しい文法や発音にばかり気を取られ、相手の気持ちを感じ取ろうとしていなかったことに気づきました。内藤さんは、片言の英語でも相手の表情や仕草を丁寧に読み取り、自分の想いもまた、言葉以外の方法で伝えようとしていたのです。
それ以来、私は「変な英語だと思われてもいい」と開き直り、相手を理解し、自分を理解してもらうことを意識するようになりました。すると 不思議なことに、仕事が以前よりずっとスムーズに進むようになったのです。
言葉はあくまで“伝えるための道具”にすぎません。真のコミュニケーションは、言葉の奥にある相手の気持ちに寄り添おうとする姿勢にこそ宿る――。 そう教えてくれたのは、内藤さんのあの何気ない一言でした。
【体験者:60代・女性会社員、回答時期:2025年10月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。

