割れたガラスの花瓶
ある日、1週間前に大きなガラスの花瓶を購入されたお客様が来店され、袋から花瓶を取り出しながら「たった1週間で割れてしまった。交換してほしい」と申し出ました。花瓶は確かに当店のもので、レシートも添えられています。
店では、ガラスや陶器の花瓶を販売する時、必ずお客様と一緒に欠けやひびがないことを確認していましたが、念のため「はじめからひびが入っていて水漏れしていましたか?」と聞くと、「そうではない」との返答でした。
理不尽な要求と緊迫する店内
当初、お客様は「花瓶を床に置いて飾っていたところ割れた」と仰っていましたが、詳しく話を聞いていくと、つまずいて花瓶を倒してしまったことが判明。
お客様の過失による破損であるため、交換はできないことを丁重に説明しました。ところが、「ちょっと倒しただけで割れるなら、最初から不良品だったのでは?」と、お客様は納得しません。
「あんたじゃ話にならない、店長を出せ!」 という大きな声に、店内の空気は一気に張りつめ、他のお客様も不安そうにこちらを見ています。
私は急いで別店舗にいる店長へ連絡をしましたが、お客様はレジの近くに用意した椅子に座り、腕を組んでジロジロ店内を見まわしていました。私はハラハラしながら店長の到着を待ちます。
あっけないクレームの収束
30分後、駆けつけた店長に向かってお客様は、「不良品を交換するのは当たり前じゃないか」と迫りました。店長は落ち着いた様子でお客様の話をうなずきながらじっと聞き、お客様が一通り話し終わった後で、少し微笑みながらゆっくり話し始めました。
すると、しばらく話すうちにお客様の様子は明らかに変わり、やがてどこかバツが悪そうな様子で「今回は確かに自分の過失かもしれないな、でもすぐに割れる花瓶を売るなよ」と言いながら店を出ていったのです。店内の張り詰めた空気は一気に解け、スタッフも胸をなでおろしました。
予期せぬ偶然
お客様が去った後、「一体、何と言って納得いただいたのですか?」 と尋ねたところ、店長は笑いながら、「実は、小学校の同級生だったんだよ」と打ち明けてくれました。「昔から強引なところがあったからな。向こうは最初忘れていたようだけど、だんだん思い出したみたいでね」
まさか、そんな偶然がこの場を収めることになるとは驚きでした。
世間は狭いというけれど、本当にそのとおりだと思う出来事でした。どんな場面でも、最後にものを言うのは“人の縁”なのかもしれません。
【体験者:60代・会社員、回答時期:2025年10月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。

