憧れの「レジェンド」
私がホテルで働いていた頃、婚礼部門に「レジェンド」と呼ばれる女性がいました。沢井さん(仮名)は当時40歳で、寿退社が一般的だった時代に婚礼一筋20年の大ベテラン。
上品な美しさと完璧な仕事ぶりから、誰もが憧れる存在でした。その美貌ゆえに新婦の母から「新郎が目移りしてしまうので、担当を変えてほしい」と言われることもあったそうです。
衝撃の異動発令
ところがある年の春、彼女に異例の異動辞令が下されました。行き先は従業員のユニフォームのクリーニングを行うリネン係。しかもリネン係は委託会社だったため、出向という形での前例のない異動でした。
華やかな婚礼の現場から裏方へ——社内は驚きに包まれました。特に婚礼部門には、動揺が走ります。なぜ沢井さんが? なぜリネン? 誰もが首をかしげる人事だったのです。
当然ご本人も戸惑われたと思いますが、沢井さんは淡々と新しい職場へ向かっていきました。
新天地でも変わらぬプロ意識
沢井さんは新しい部署でも、それまでと同様、一つ一つの作業を完璧にこなしていました。
しかも従業員の誰に対しても優しく声をかけてくれるので、リネンで沢井さんと会話をしたり、愚痴を聞いてもらったりするのが社員たちの癒しの時間となり、いつしかリネンが「駆け込み寺」と呼ばれるようになっていたのです。
私も制服のブラウスを取りに行く度に沢井さんと話をするのが楽しみでした。
そんなある日、沢井さんは私に「相手にベストな状態を届けるのは、婚礼もリネンも同じなのよ」と語ってくれました。宴会シェフや会場スタッフの重労働をよくご存じだからこそ、その人たちが気持ちよく働ける環境づくりも大切な役割だと考えているようでした。
真のプロフェッショナルが教えてくれたこと
沢井さんが新しい環境で見せてくれたのは、場所や役割が変わっても決して変わらない、仕事への真摯な姿勢でした。
どんな場所でも、そこで求められる役割を追求し、誰かを思いやる——その姿勢こそが、真のプロフェッショナルであり、彼女が「レジェンド」と呼ばれる理由なのだと教えてくれました。
与えられた場所で全力を尽くす沢井さんの姿は、今も私の仕事の指針となっています。
【体験者:60代・会社員、回答時期:2025年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。

