憧れのブランドと特別な一着
学生時代、私は若い女性に絶大な人気を誇るブランドの本店でアルバイトをしていました。雑誌で何度も見かけていた憧れのお店で働ける嬉しさで、毎日ワクワクしていました。
その店の洋服は、当時の私には背伸びをしないと買えない値段でしたが、何ヶ月分かのアルバイト代を貯め、社員割引を使って1枚のワンピースを購入しました。襟に繊細なレースがあしらわれたデザインで、私にとってはとっておきの日に着る「勝負服」として、大切に着ていました。
母娘の来店
ある平日の午後、40代くらいの女性がふらりと来店されました。店内をゆっくりと見回していた女性の目に止まったのは、私の勝負服と同じワンピースでした。
「今年一番人気の商品なんです」と私が声をかけると、女性は目を輝かせて「そうよね、本当に素敵ね」と手に取って眺めています。しばらく商品を見つめた後、女性は「娘を呼んで来るわ」と言って店を出られ、ほどなくして高校生くらいのお嬢さんと一緒に現れました。どうやら、お近くのご自宅からお嬢様を連れて来られたようです。
意見の不一致と衝撃の一言
お母様は嬉しそうにワンピースをお嬢様に当てて見せますが、お嬢様の反応は冷たいものでした。
「好きじゃない」
それでもお母様は「あら、とても似合うわよ」と食い下がります。しかしお嬢様は首を振り続け、「だから好きじゃないって言ってるでしょ」と繰り返すばかり。
何度かの押し問答の後、お母様が放った一言は、
「いいじゃない、買ってあげるんだから。気に入らなければ部屋着にすればいいでしょ」
最終的に、お母様が押し切る形で購入が決まり、お嬢様は不機嫌そうにワンピースの入った袋を手に店を後にしました。
商品への敬意という大切な学び
私にとって大切な勝負服が「部屋着」として扱われる可能性があることに、正直ショックを受けました。しかし同時に、この出来事は私にとって大きな教訓を与えてくれたのです。
人それぞれ価値観が違うのは当然のこと。ある人にとって特別で大切なものでも、他の人にとってはそうでないことが沢山あります。でも、どんな商品にも、それを作った人、販売する人、大切に思う人がいるのも事実です。だからこそ、お店で商品を見る時は、たとえその商品が自分の好みと合わなくても、商品や販売する人に対する敬意を忘れてはいけないのだと、この出来事は私に教えてくれました。
物を買うということは、その背景にある「想い」にも触れることなのだと、今でも胸に刻んでいます。
【体験者:60代・会社員、回答時期:2025年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。

