少し元気のなさそうな女性
私がとあるカフェで働いていた時の話です。
ある日、30代くらいの女性のお客様が来店されました。女性は注文カウンターの前でメニューをじっと見ながら、なかなか決められない様子。表情は少し曇っていて、元気がなさそうな雰囲気でした。
私はあえて声をかけず、女性が自分のペースで選べるように、そっと静かに待っていました。
「なにが欲しいのか、わからなくて……」
しばらくして、女性がぽつりと話しかけてきました。
「すみません、なんか私、今自分がなにが欲しいのかわからなくて……おすすめはありますか?」
その言葉に、私ははっとしました。これはただの注文ではなく、少し疲れた心からのSOSのように感じたのです。
気持ちに寄り添う提案
いつもなら、期間限定のドリンクや人気メニューを案内するのが定番。でもその日は、なんとなく違う気がして、こんなふうに聞いてみました。
「そういう時って、ありますよね。よかったら、温かい飲み物はいかがですか?」
女性は小さく頷きました。そこでさらに「甘いものはお好きですか?」と尋ねると、「そうですね……」と少し考えて返事をくれました。
私は「それなら、このメニューはいかがですか? 優しい甘さでなんとなくホッとできるので、私も時々頼むんです」とおすすめしました。女性は「それにしてみます」と、メニューを決めてくれました。
小さなひと言が、心をほどくこともある
店内で、女性はゆっくりとドリンクを飲みながら、静かに時間を過ごしていました。そして帰り際、わざわざ私のところまで来て、こう言ってくれたのです。
「実を言うと、甘いものは苦手だったんだけど、なんとなくお姉さんのおすすめにしてみようって思えたんです。落ち込んでいる時に、あったかくて甘いドリンクって、ホッとするものなんですね。おすすめしてくれて、ありがとうございました」
そのひと言が、今度は私の心をあたたかくしてくれました。落ち込んでいて、自分でなにかを決められない時。そっと背中を押すように、優しく提案することができたら……それが、接客という仕事の大切なことであり、大きな力となれることなのかもしれません。
【体験者:30代・飲食店、回答時期:2024年10月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Mio.T
ファッション専攻の後、アパレル接客の道へ。接客指導やメンターも行っていたアパレル時代の経験を、今度は同じように悩む誰かに届けたいとライターに転身。現在は育児と仕事を両立しながら、長年ファッション業界にいた自身のストーリーや、同年代の同業者、仕事と家庭の両立に頑張るママにインタビューしたエピソードを執筆する。