独特なオーラを放つ紳士
新入社員だった頃、私たちの部署の隣には、独特のオーラを放つ男性がいました。旧財閥の出身と言われている60代後半の岡田さん(仮名)は、秘書を1人だけ抱え、どの部署にも属さない。新入社員の私には彼がどんな役割を担っているのか見当もつきませんでした。
ただ、電話口での声が大きく、耳に入ってくる会話は常に威圧的でした。ある時は「君に私の名前を名乗る必要はない。君が知らなくても〇〇さんは知っている、早く取り次ぎなさい」という声が響き渡り、私は思わず同僚と顔を見合わせたほどです。
秘書の優子さん(仮名)は、そんな常識離れした岡田さんの言動に日々振り回されていました。
突然の相談と奥様からの贈り物
そんなある日、一度も会話をしたことのなかった岡田さんが急に私に声をかけてきました。
「ちょっと君、優子君の好きなものを知っているかね?」
突然の質問に戸惑う私に、来週は優子さんの誕生日で、奥様から好みを聞いてくるように言われたのだと説明しました。私は、「お花とチョコレートがお好きと聞いています」と伝えました。
そして誕生日当日、優子さんのデスクには高級チョコレートの箱が置かれていました。優子さんがお礼を伝えると、岡田さんは「うちの妻からだ。何か知らないけど、まあ受け取ってくれたまえ」と、書類から目を離さずぶっきらぼうに一言つぶやいたそうです。
女子社員達の想像と奥様への感謝
さらにホワイトデーには、優子さんだけでなく、同じフロアの女子社員全員にお菓子の差し入れをいただきました。
昼休みにお菓子の箱を囲んだ女子社員たちは「きっと奥様も岡田さんにはご苦労されていて、私たちの大変さを察してくださったのよね」と想像を膨らませ、妙に納得しながらありがたくいただきました。
明かされた真実と不器用な優しさ
ところがある日、岡田さんが風邪で欠勤すると奥様から会社に連絡がありました。その際、優子さんが誕生日やホワイトデーのお礼を伝えると、「あら、何のことかしら?」と奥様はまったくご存じない様子。
あのプレゼントや差し入れは、実は岡田さんご自身からの心づかいで、照れ隠しに「奥様から」と仰っていたのでした。
普段は威圧的な態度を崩さない岡田さん。しかしその言葉の奥には、不器用な優しさが隠されていました。私はその一面を知ったとき、“横柄な人”ではなく、どこか人間味あふれる存在として身近に感じるようになったのです。
【体験者:60代・会社員、回答時期:2025年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。
