「葬儀=白菊」だった業界の裏側
だいぶ前のことですが、私は生花店で葬儀装花を担当していました。
今では、洋花やカラフルな装花もよく目にしますが、当時は「葬儀=白菊」が常識でした。生花店にとって、菊は日持ちが良くボリュームも出る、なにかと重宝な花。その頃は、祭壇に使ったものを回収し、状態のよいものは別の葬儀で再利用することも珍しくありませんでした。
そんな中、葬儀担当者から戸惑い混じりの相談が入りました。「菊を一切使わずに作ってほしいそうなんです」
想定外の「菊禁止」オーダー
低コストでボリュームが出る菊を使わずに祭壇を埋めるのは至難の業。当然「使い回し」の花に頼ることも出来ません。しかも葬儀は3日後に迫っています。
「よほど故人が菊嫌いだったのかしら」私たちは初めての注文に戸惑いながらも、予算超過も構わないと言われたため、とにかく要望に応えようと準備を急ぎました。トルコキキョウ、ユリ、カーネーション、ストックなど、白から淡い色合いの洋花を集め、当時としては珍しいパステルカラーの祭壇が完成。
スタッフからも思わず、「きれいね」と声があがるほど、今まで見たどの装花よりも優しく美しい仕上がりでした。
数日後に知った事情
数日後、葬儀社の担当者から、感謝の言葉とともに菊禁止の理由を聞きました。
実はご依頼主の親族には、強いキク科アレルギーを持つ方が多いのだそうです。数年前の御祖母様の葬儀の際、会場を埋め尽くす菊の花粉によって、親族一同、くしゃみと鼻水、止まらない涙で、葬儀どころではなかったといいます。
「おかげさまで、穏やかに故人とお別れできました。本当にありがとうございました」その言葉を聞いたとき、私ははじめてこの依頼の重みを理解しました。
花の仕事の「本当の役割」
風変わりな注文の裏にあった、あまりにも切実な理由。自分たちが作った「菊のない祭壇」が、アレルギーに怯える遺族を救い、穏やかな別れの時を守ったのだと知り、私は安堵しました。
葬儀装花の仕事は、単に場を飾ることだけではない。そこに集まる人が、故人を偲び、悲しみに向き合うことができるようにすること。装花が持つ「本当の役割」を初めて実感した、忘れられない出来事となりました。
【体験者:60代・女性会社員、回答時期:2025年11月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。