突然怒鳴り始めた男性客
家電量販店で働いていた頃、50代くらいの男性が展示品の電気ケトルを持ってレジにやって来ました。突然、「これ、さっき触ったら電源が入らなかったぞ。壊れた商品を置いているなんて、どういう店だ!」と怒鳴り始めたのです。
確認すると、展示品は安全のためコンセントを抜いていただけでした。事情を説明して新品をご案内しようとすると、「俺が壊れているのを見つけてやったんだ。迷惑料として新品をタダでよこせ!」と言われ、私は思わず言葉に詰まりました。
店長を呼べ!
「無料でのお渡しはできかねます」と伝えても、男性は納得しません。「客に逆らうのか! 店長を呼べ!」と声を荒らげました。駆けつけた店長にも、「こんな不良品を売ろうとしたんだから、無料にするのが筋だろ!」と詰め寄ります。
さらに、「俺は長年、家電を買ってきたんだぞ。お前らより家電には詳しい!」と豪語。私がもう一度説明しようとしても、「言い訳はいい! 電気も入らないケトルなんか、ただの置物じゃないか!」と遮られてしまいました。レジ前には何ともいえない気まずい空気が漂っていました。
それでしたら……
そこで私は少し考え、真顔で尋ねました。「お客様、確認させてください。電気もコンセントも一切使わず、自動でお湯が沸くケトルをご希望ということでしょうか?」すると男性は、「そうだよ! それくらいできなきゃ困るだろ!」と怒りにまかせて即答。私は深く頭を下げ、「申し訳ございません。当店では、完全な電気ゼロでお湯が沸く電気ケトルは取り扱っておりません」と伝えました。
さらに、「もしそんな次世代のアイテムが入荷しましたら、私もぜひ購入したいので、真っ先にお知らせいたします」と付け加えたのです。その瞬間、順番を待っていた女性客が思わず吹き出しました。男性は「そ、そういう意味じゃない!」と顔を赤くしていました。
店内に残った「電源不要」の伝説
店長が展示品のコンセントを差し込むと、電気ケトルは何事もなく正常に通電しました。男性は「最初からそうすればいいんだ!」と小声で言い残し、新品を買うこともなく、そそくさと店を出ていきました。
すると、先ほどの女性客から「すみません、笑っちゃいけないと思ったんですけど、電源不要の電気ケトルは反則です」と声をかけられました。店長からも「よく冷静に対応したな」と苦笑いされました。
それ以来、理不尽な要求を受けるたび、スタッフの間では「電源不要の電気ケトルより難しい注文?」が合言葉に。怒らず、相手の言葉をそのまま受け止めて返した一言が、張り詰めていた店内の空気を一変させた出来事でした。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年10月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:佐藤 栄祠
大手メーカーの営業を経て、ライターに転身。会社員時代に培った経験と、組織の一員であるからこその“喜怒哀楽”をリアルに伝え、「誰かを癒したい」との思いが執筆の原動力。スピリチュアル関連情報にも精通しており、それらに傾倒する人の思いを描いたエピソードも好評。

