母の介護と小言
私は結婚後も実家の近くに住み、仕事の合間を縫って、認知症が進む母の介護を続けてきました。ケアマネジャーと協力しながら、母が1人でできなくなったことを支えてきた日々は、気がつけば5年になります。
夜中に電話で呼び出され、慌てて実家へ向かうこともありましたが、母は私に「あんたは子どももいないからいつでも来られるでしょ」と言うばかりで、感謝の言葉もありません。あげくに「いつになったら子どもを産むの」と小言を言われることもよくありました。
妹親子に向ける笑顔
一方、県外に住む妹が数ヶ月に1回ほど5歳の娘を連れて帰省すると、母は満面の笑みで2人を迎えます。毎日のように顔を出す私には小言ばかりなのに、たまにしか会えない妹たちには、普段の素っ気ない態度からは想像できない表情を見せるのです。
妹たちを嬉しそうに迎える母を見るたび、私は「母は妹のほうが可愛いのだろうか」といつも思っていました。それでも、母を介護できる人は私しかいません。そんな思いを引きずりながらも介護は続いていきました。
施設へ入る日
やがて母の認知症は進み、ついに私のこともわからなくなってしまいました。仕事をしながら自宅で介護を続けることに限界を感じ、ケアマネジャーとも相談した末に、母を施設へ入れることに。
入所の日には、妹も5歳の娘を連れて来てくれました。もう母は、私のことも妹のこともわからないはずなのに、孫の姿に気づくと急に満面の笑みで手招きしたのです。
母が呼んだ名前
母は近づいた孫娘の手を取り「綾香、可愛いね」と、なぜか私の名前を呼んでいました。「綾香はお姉ちゃんだからほんと頼りになるわ」と何度も笑いかけます。母の目には、目の前の孫娘が幼い頃の私に見えていたのでしょうか。そこには、幼い私を可愛がってくれた頃の母がいました。
私が誰なのか、今の母にはもうわかりません。それでも、私の名前を呼びながら孫娘を愛おしそうに見つめる母の姿に、涙があふれました。小言ばかりだった母の中にも、私への愛情は確かにあったのだと感じられた出来事です。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:逢坂 ゆな
ライター業をしながら、実は現役の保育士でもある。その実体験を元にしたエピソードをSNS発信すると好評を得て、執筆者としても活躍するように。幼稚園教諭や歯科受付などの、多彩な職業も経験。読者からの共感の声やお悩み相談、体験談が届き、それらも元に執筆中。育児エピソードや義母・夫とのバトルなど、ママ世代から共感を呼ぶリアルな体験記事が人気。

