言葉どおりにしてみたら……
翌日、私は自分の分だけ夕食を作りました。食卓を見た夫は「俺のは?」と不思議そうな顔。「自分でどうにかできるって言ってたから」と答えると、夫は少し不満そうにしながらも、総菜を買ってきて食べていました。
2日目も3日目も私は自分の分だけ。夫は総菜やカップ麺で済ませていましたが、日に日に機嫌が悪くなっていきました。そして週末、私は少し手の込んだ料理を自分の分だけ作りました。それを見た夫が「さすがに今日は俺の分もあるよな?」と聞いてきたので、「ないよ」と答えました。
すると夫は「夫婦なんだから普通は一緒に作るだろ! 毎日自分だけ食べるっておかしくない?」と怒り出したのです。そこで私は、「でも私、あなたから作ってくれなんて頼まれてないよ?」と返しました。さらに「それに食べる物くらい自分でどうにかできるんでしょ?」と続けると、夫は何も言えなくなりました。
「当たり前」になっていたことに気づいた夫
私は黙っている夫に、「私が毎日作っていたのは義務だからじゃないよ。一緒に食べたいと思っていたから。でも、それを当然だと思われるなら続けられない」と伝えました。
夫はしばらく何も言いませんでしたが、やがて立ち上がると、自分が使った食器だけでなくシンクに残っていた調理器具まで洗い始めました。洗い終えると、「頼んでないなんて言って悪かった。毎日やってもらって、当たり前になってた」と謝ってきたのです。
そこで私は「じゃあ、今日から作る人と片付ける人は別ね」と提案。夫も今度は素直に「わかった」と答えました。それ以来、夫は食後に自分から食器を運んで片付けるようになり、私の帰りが遅い日には「今日は俺が何か作ろうか?」と言うことも。
相手がしてくれることを当たり前だと思ってしまうと、感謝の気持ちはいつの間にか薄れてしまうものです。夫も自分の言葉をそのまま返されたことで、毎日の食事が勝手に出てくるものではないと気づいたようです。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:佐藤 栄祠
大手メーカーの営業を経て、ライターに転身。会社員時代に培った経験と、組織の一員であるからこその“喜怒哀楽”をリアルに伝え、「誰かを癒したい」との思いが執筆の原動力。スピリチュアル関連情報にも精通しており、それらに傾倒する人の思いを描いたエピソードも好評。
