指名のお客さんとの日常
私は美容師として働いています。指名をいただけることも増え、定期的に通ってくださる方とは施術中の会話も弾み、楽しく仕事ができていました。中には、「これみんなで食べて〜」と差し入れを持ってきてくださる方もいます。
スタッフみんな、「いつもすみません」と言いながらありがたくいただいていて、忙しい中でもさっと食べられるので正直とても助かっていました。もちろん、それはあくまでお客さんのご厚意であって、当たり前ではないということもみんな分かっています。
お客さんから予想外の言葉
ある日、常連のお客さんからドーナツの差し入れをいただき、「いつもありがとうございます!」と見送ったあとのことでした。次のお客さんである50代の女性、杉本さん(仮名)をご案内すると、席に座るなり少し強い口調でこう言われたのです。
「私、差し入れなんて持ってきてないけど!」「あんなふうにされると、全員しなきゃいけない気になっちゃうじゃない!」突然の言葉に、私は戸惑ってしまいました。どうやら、先ほどのやり取りを聞いていたようです。
「いえいえ、決してそのようなことは……!」そう伝えたものの、杉本さんの表情はなかなか和らぎません。さらに「差し入れなんて、禁止にしなさいよ!」とまで言われてしまい、どう対応すればいいのか分からず、私は言葉に詰まってしまいました。
店長が来て変わった空気
そのとき、様子を見ていた店長がそっと間に入ってきました。そして、明るい声でこう言ったのです。「杉本さん! いつもこの店を選んでくださっていることが、僕たちにとって一番の差し入れなんですよ〜!」
その言葉に、杉本さんは少しだけ表情を緩め「そう……?」と、さっきまでの強い雰囲気がやわらぎました。少し気まずさは残りつつも、そのまま私は施術に入ることができました。
今後への気づき
会計を終えて帰るとき、杉本さんは私にぽつりとこう言いました。「……ごめんなさいね。私も、もっと気を遣わないといけないのかと思っちゃって」来店時とは違い、どこか力が抜けたような言い方でした。
差し入れひとつでも、見え方や受け取り方は人それぞれです。周りの様子から、お客さんが必要以上に気を張ってしまうこともあるのだと感じました。私たちも、これからはもう少し伝え方や対応に気を配っていこうと思った出来事でした。
【体験者:30代・女性美容師、回答時期:2025年7月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:辻 ゆき乃
調剤薬局の管理栄養士として5年間勤務。その経験で出会ったお客や身の回りの女性から得たリアルなエピソードの執筆を得意とする。特に女性のライフステージの変化、接客業に従事する人たちの思いを綴るコラムを中心に活動中。

