普段は靴を履いて過ごすことが当たり前になっている現代人。だからこそ、砂浜で裸足になったときの解放感は格別で、爽快さを感じるものです。ただし、裸足を好む人もいれば苦手な人もいる。そして、裸足がふさわしい場所もあれば、そうでない場所も存在するのですが……今回は、裸足にまつわる、私のお客様の実体験をご紹介します。
義母に預けた時
私には二人の息子がいます。ある日、次男の病院受診のため長男を義母に預けたのは、わずか一時間半ほどのことでした。ところが迎えに行くと、長男の足の裏は皮がむけ、内出血までしていて痛々しい状態。
義母に事情を尋ねると「公園で裸足で遊んだだけ」と答えます。「現代っ子は裸足で遊ぶ機会がないから」との説明でしたが、アトピーで肌が弱い長男には大きな負担でした。
私は「これからは靴を履いたままでお願いできますか」と伝えましたが、「裸足で生活していたら肌や皮膚は強くなる! アトピーも治る!」と言い切る義母。その日は次男の発熱もあり深く話せないまま帰宅しました。
裸足の強要
帰宅後、長男に詳しく聞くと、公園で裸足で遊んだだけでなく、義母宅から公園までの往復も裸足だったことが判明しました。
春とはいえ地面は熱く、ガラス片や犬のフンなど危険も潜んでいます。私は心の中で「もう義母に長男を預けるのは今日限りにしよう」と決意しました。親子の安全を守るためには、感謝の気持ちと同時に境界線を引くことも必要だと痛感したのです。
状況をわきまえない義母
義母との距離を置いていたある日、親戚の法事で再び顔を合わせる機会がありました。私が義姉と飲み物を配ったり、段取りの確認など忙しくしていると、外から息子の泣き声が聞こえてきます。
慌てて寺の庭へ出ると、義母が子どもたちを裸足にさせ、池へ入るよう促していました。息子は泣きながら「おばあちゃんが池に入れって言う」と訴えます。
義母は「足から伝わる感覚が発達に大事」と熱弁し、自ら池に入り、息子を引きずり込もうとしました。しかし次の瞬間、義母は藻に滑って池へ転倒。
大きな音に驚いた親戚や住職が駆けつけ、「子供を裸足で遊ばせようと……」と言う義母に、住職は「どう考えてもこの池は遊ぶためのものではないでしょう、何やってるんですか!!」と一蹴。
住職の言葉
住職は「すぐに着替えをご用意しますので、直ちに池から出てください」と義母に作務衣を貸して着替えさせました。その間、私は義母が孫たちに裸足を強要することを相談してみることに。
すると「僕は潔癖気味でいつも靴下を履いていましたが、こうして立派に大人になれました」と笑いながら答えたのです。その言葉は隣室で着替え中の義母の耳にも届いたようで、それ以来、裸足を強要されることはなくなりました。
寺の池で遊ばせることが異常であるのは、少し考えれば分かるはずです。しかし裸足育児に夢中になるあまり、周囲が見えなくなってしまった義母。その姿を目の当たりにして、私自身もまた夢中になることで視野を失わないよう、常に俯瞰で物事を捉えたいと改めて心に刻みました。
【体験者:40代・女性会社員、回答時期:2026年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:桜井ひなの
大学卒業後、金融機関に勤務した後は、結婚を機にアメリカに移住。ベビーシッター、ペットシッター、日本語講師、ワックス脱毛サロンなど主に接客領域で多用な仕事を経験。現地での出産・育児を経て現在は三児の母として育児に奮闘しながら、執筆活動を行う。海外での仕事、出産、育児の体験。様々な文化・価値観が交錯する米国での経験を糧に、今を生きる女性へのアドバイスとなる記事を執筆中。日本でもサロンに勤務しており、日々接客する中で情報リサーチ中。

