バスでの出来事
その日、私は妊婦健診を終えた帰り道でした。少しお腹が張っていたこともあり、空いていた席に座っていたのです。お腹のふくらみも目立つようになり、バッグにはマタニティマークもつけていました。
しばらくすると、車内は徐々に混み始め、立っている人も増えていきます。私は周囲の様子を気にしながらも、体調のことを考え、そのまま座っていました。
「若いのによく座れるな」
そんな中、視線を感じるようになりました。そして近くに立っていた男性(60代)が、周りの乗客に聞こえるような声で「若いのによく座れるな」「今時の若いもんは……」と呟き始めたのです。
直接「席を譲れ」と言われたわけではありません。それでも、その言葉は明らかに私に向けられていると分かりました。いたたまれない気持ちになってしまい、私は思わず席を立とうとしました。
突然差し出されたお米
ちょうどその瞬間、突然、隣に座っていた女性(70代)が男性に声をかけたのです。「ちょっと、これ持ってくれる?」そう言って女性がシルバーカーから取り出したのは、5キロのお米。突然のことに、男性は戸惑っていました。
女性は落ち着いた口調で話を続けます。「妊婦ってね、それがお腹の中に入ってんだよ」 さらに「今時の年寄りは、物忘れで新しい命を大切にする気持ちも忘れたのか?」と、男性の言動を静かに諭してくれたのです。
忘れられないあの日の言葉
女性の言葉に、どこからともなく拍手が起こりました。先ほどまで強い口調で話していた男性は、何も言い返すことができず気まずそうにうつむいたまま、次の停留所でバスを降りていきました。私は、助けてくれた女性に何度も頭をさげると「気にしなくていいのよ」と優しく微笑んでくれました。
あの日の出来事は、今でも忘れられません。お腹の子に、あんなふうに誰かを守れるママの姿を見せてあげたい。そう強く思った出来事でした。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2025年12月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Yuina.T
ライター業をしながら、実は現役の保育士でもある。その実体験を元にしたエピソードをSNS発信すると好評を得て、執筆者としても活躍するように。幼稚園教諭や歯科受付などの、多彩な職業も経験。読者からの共感の声やお悩み相談、体験談が届き、それらも元に執筆中。育児エピソードや義母・夫とのバトルなど、ママ世代から共感を呼ぶリアルな体験記事が人気。

