善意が距離を詰めてきた日
営業担当として働いていた頃、妊娠が分かり、一部の取引先にはその事実を伝えていました。すると、ある取引先の年配の男性が、私が妊婦だと知った途端、急に“人生の先輩”という立場で話しかけてくるように。
打ち合わせのたびに「鉄分が大事。栄養摂らないと!」とプルーンやきな粉を大量にくれ、毎週の恒例行事になりました。ありがたい気持ちはあるものの、明らかに食べきれない量でした。
止まらないアドバイス
差し入れだけでなく、話題も次第に踏み込んだ内容に。「最近は無痛分娩なんてあるらしいけど、母親なんだからちゃんと痛みを感じて産んだほうがいい」「子どもが生まれたら仕事なんて辞めて家庭に入るのが一番だよ」と、悪気のない時代錯誤なアドバイスが続きます。
営業として笑顔で相槌を打つしかなく、仕事の話より“理想の母親論”を聞く時間の方が長い日もありました。
言えないモヤモヤ
心配や善意から出ている言葉だと分かっているからこそ、否定も反論もできませんでした。ただ内心では、「私は母親になる前に、今ここで働いている営業担当者なのですが……」というモヤモヤが少しずつ積もっていきます。
配慮されているはずなのに、自分の立場や役割が見えなくなっていくような、居心地の悪さが残りました。
救われた一言
そんなある日、そのやり取りを見ていた取引先の女性が、「もう~おじさんは自分で出産したことないんだから、ほっといてあげてくださいよ~」と笑いながら場を和ませてくれました。
その一言で空気が変わり、男性も「昔、同じことを妻に言われたな……」と気づいた様子で反省。それ以降、差し入れもアドバイスも自然と減りました。
善意はありがたいものですが、量より距離感が大切。ちょうどいいところで止まるのが、一番ありがたいのだと感じた出来事でした。
【体験者:50代・主婦、回答時期:2025年1月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Ryoko.K
大学卒業後、保険会社で営業関係に勤務。その後は、エンタメ業界での就業を経て現在はライターとして活動。保険業界で多くの人と出会った経験、エンタメ業界で触れたユニークな経験などを起点に、現在も当時の人脈からの取材を行いながら職場での人間関係をテーマにコラムを執筆中。

