何気なく共有していた、日常の記録
私は息子の海斗(仮名)を出産したことをきっかけに、写真共有アプリで成長記録を家族とシェアしています。夫の両親もメンバーに入っていて、日々の何気ない写真や動画を気軽に載せていました。
新生児の頃は、泣き声も表情もすべてが新鮮で、かわいいと思える瞬間ばかりでした。顔を真っ赤にして泣いている姿も、「今しかない瞬間だな」と思っていて、特に意識せずにアップしていました。
義母の何気ない一言
ところがある日、その動画を見た義母から「泣いてるの撮るなんて、可哀想よ〜!」と言われてしまい、その後、ときどき義母の言葉が頭をよぎるようになりました。
写真を撮ろうとしたときに、「泣いてるし、やめておこうかな」と手が止まることが増えていったのです。そんな小さな判断を重ねるうちに、共有アプリに並ぶのは、笑っている写真や機嫌のいいときの動画ばかりになっていました。
義姉の『経験』から
義実家を訪れたある日、たまたま義姉家族も来ていました。話の流れで、私が写真共有アプリを義姉に見せることになったのです。写真をスクロールしながら、義姉は「ニコニコしてる写真がいっぱいだね! 海斗くんって、あんまり泣かないタイプ?」と聞いてきました。
私は少し言葉に詰まりながら、「いや、結構泣くんですけど……泣いてる姿を撮るのは……」と、なんとなく最後までは言い切れず、言葉を濁しました。すると義姉は「あ〜、わかる。泣いてるの撮るの、可哀想って思っちゃうよね」と共感しつつ、こう続けます。
「でもね、やっぱり少しは残しておくのおすすめだよ」「今になって見返すと、泣いてる顔も含めてもっと残しておけばよかったなって思うこと、結構あるんだよね〜」
自分の気持ちを大事にしていい
その話を聞いていた義母は、少し気まずそうに黙り込んでいました。義姉の言葉で、義母もなにか思うところがあったのかもしれません。この出来事以降、「可哀想よ」と言われることはなくなりました。
泣いている姿も、笑っている姿も、私にとってはどちらもわが子の大切な一瞬です。「今しかない瞬間を残したい」と思う気持ちは大切にしていい。義姉の実感のこもった一言のおかげで、改めてそう思えました。
今は泣いている姿も、無理のない範囲で残すようにしています。あとから見返したときに「こんな時期もたしかにあったな」と思えるように。
【体験者:30代・主婦、回答時期:2025年7月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:辻 ゆき乃
調剤薬局の管理栄養士として5年間勤務。その経験で出会ったお客や身の回りの女性から得たリアルなエピソードの執筆を得意とする。特に女性のライフステージの変化、接客業に従事する人たちの思いを綴るコラムを中心に活動中。

