働き方改革と縁遠い職場
私が働いていていたのは、郊外にある地元で長く愛されている生花店。安くて新鮮な花が売りで、開店前から行列ができるほどでした。
店を支えるのは、40代の社長と、専門学校を出たばかりの20代の女性社員たち。彼女たちは店の寮に入り、朝9時から夜8時の閉店後まで働き通し。「働き方改革って、ここには関係ないね」半ば諦めモードの会話が聞こえて来ていました。
繁忙期ともなれば、作っても作っても小売りの花束があっという間に売れてしまうため、深夜残業が当たり前。社員たちの体力は限界ギリギリのように見えました。
繁忙期の非情な宣告
秋のお彼岸を目前に控えた、最も忙しい時期のこと。新入社員の美波ちゃん(仮名)に、一本の連絡が入りました。祖母が危篤――。知らせを受けた瞬間、彼女は蒼白になり、誰の目にも、仕事どころではない状態。
「すぐ帰ったほうがいいよ」周囲の声に背中を押され、彼女は社長へ相談。ところが戻ってきた答えは短い一言。「こんな繁忙期に、休みなんて取らせられるか」
ベテランパートの怒り
その場にいたスタッフ全員が、茫然と顔を見合わせている中、パート社員の藤野さん(仮名)が動きました。藤野さんは、先代の社長時代からこの店で働いている大ベテラン。いきなり社長に向かって、「お彼岸が終わってからなんて、間に合わなかったらどうするの。美波ちゃんは一生後悔することになるのよ。あなたのお父さんはもっと社員を大切にする人だったわよ」
藤野さんの勢いに、社長は一瞬たじろぎ、少し間をおいて「わかった」と一言。藤野さんは、美波ちゃんに「お休みの許可がでたわよ。すぐにお祖母さんのところに行ってあげなさい」と優しく伝えました。美波ちゃんは泣きながらお礼を言って、すぐに実家に帰って行きました。
それから藤野さんは社長に向かって、「美波ちゃんの分は、私も残業でもなんでもするわよ」と伝えたのです。
予想外の集団退職宣言
一件落着かと思われましたが、社長のあまりの冷淡な対応に、美波ちゃん以外の女性社員3人が社長に猛抗議。労働環境が変わらなければ、全員辞めると宣言したのです。
慌てた社長は、渋々、労働環境の見直しを約束せざるを得なくなりました。休日の取得ルールの明確化、深夜労働の削減、寮の環境改善……。「働き方改革」の風が、この職場にもようやく吹き始めた瞬間でした。
ひとりのベテランの行動が若手の覚悟を引き出し、古い組織が変わるきっかけとなった――小さな花屋で起きた、大きな出来事でした。
【体験者:60代・女性会社員、回答時期:2025年11月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。

