毎年恒例、お遊戯会の役決め
私は幼稚園教諭として働いています。お遊戯会が近づくと、クラスでは毎年『劇の役決め』を行います。出番やセリフの量に偏りが出ないよう、役はくじ引きで決めるのが恒例です。
今年もその方法で役を決めました。子どもたちは自分の引いた役をそれぞれ受け入れて、「どんな衣装かな?」「早く練習したい!」と楽しみにしている様子。今年もいいお遊戯会になりそうだなと思っていました。
保護者からかけられたひとこと
ところが数日後、送迎の時間に、保護者のひとりである佐藤さん(仮名)から声をかけられました。
「なんでまさと(仮名)は王子様じゃないんですか?」少し強めの口調に、私は思わず身構えました。まさとくんが演じるのはワニの役です。たしかにストーリー上は脇役ですが、動きも多く、見せ場はしっかりあります。
私は落ち着いて、「役は毎年公平にくじ引きで決めています」「王子様役もひとりではなく、数人で交代で……セリフの量も役ごとに大きな差はないようにしています」と、ひとつずつ丁寧に説明しました。
納得しきれないまま迎えた当日
佐藤さんは黙って話を聞いてくれましたが、表情はどこか硬いままでした。最後には「分かりました」と言ってくれたものの、納得したというより諦めたような雰囲気で、その場は少し気まずく終わりました。
そして迎えたお遊戯会当日。まさとくんはワニ役として登場すると、身振り手振りも大きく、動きもキレキレでした。全力で演じる姿に、会場から思わず笑い声が上がります。ほかの役の子どもたちもそれぞれ頑張っていましたが、会場が一番沸いたのは『ワニのシーン』でした。
子どもが教えてくれた『いい役』
ふと客席を見ると、佐藤さんがカメラを構えながら、思わず笑顔になっているのが目に入りました。お遊戯会が終わったあと「まさとくん、すごく楽しそうでしたね」と声をかけると、佐藤さんは「……あんなに張り切るとは思いませんでした」と、少し照れたように答えてくれました。
その様子を見て、子どもにとっての『いい役』は大人が決めるものではないのだと、改めて感じました。どう演じるかで、どんな役でも主役になれる。そんなことを、まさとくんの姿から教えてもらったお遊戯会でした。
【体験者:20代・女性幼稚園教諭、回答時期:2025年12月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:辻 ゆき乃
調剤薬局の管理栄養士として5年間勤務。その経験で出会ったお客や身の回りの女性から得たリアルなエピソードの執筆を得意とする。特に女性のライフステージの変化、接客業に従事する人たちの思いを綴るコラムを中心に活動中。

