日本庭園の「招かれざる客」
私が働く結婚式場の最大の売りは、広大な日本庭園。四季折々の表情を見せる庭園を背景に、ほとんどの新郎新婦が記念撮影をされます。
しかし、その庭園にはスタッフたちを悩ませる“招かれざる客”がいました。それは、豊かな緑に引き寄せられてやって来るカラスたちです。
とっさの「追い払い作戦」
ある日のこと。私の同期の沢田さん(仮名)という男性社員が庭園を見回っていると、一羽のカラスが芝生の中央で、何かをついばみながらチョンチョン歩いているのを見つけました。すぐ側では、これから撮影をしようとしている新郎新婦がカメラマンと打ち合わせをしています。
「おめでたい写真に、カラスが写り込んではいけない」沢田さんはそう思い、とっさにカラスを追い払おうと考えました。驚いて飛び立ってくれれば良いので、彼はカラスに当たらないよう注意しながら、カラスの近くを狙って小さな石を投げたのです。
作戦は見事に成功。カラスは大きな羽音を立てて空へと飛び去っていきました。新郎新婦はそんなやり取りに気づくこともなく、幸せそうな笑顔で撮影を続けていました。
突然の衝撃
そんな事があったことさえ忘れていた沢田さんが、数日後、再び庭園を歩いていた時のことです。突然、後頭部を何か巨大な力で「わしづかみ」にされたような衝撃が走りました。あまりの痛みに、彼はその場に倒れ込み、何が起きたのか分からず上を見上げると、一羽のカラスが低空飛行で飛び去っていくのが見えたのです。
思わず頭に手を当てると、指先には赤い血がべっとり……。呆然としていると、カラスは近くの木の枝に止まり、沢田さんを見下ろして「カァー!」と、まるであざ笑うかのように一声鳴いたそうです。
恐るべし、カラスの記憶力
社内の医務室に駆け込んだ沢田さんに、先生は傷を処置しながら事もなげに言いました。「カラスに何かした? カラスの記憶力はすごいからね。仕返しされたんじゃないの?」
その言葉を聞いた瞬間、沢田さんは数日前にカラスに石を投げて驚かせたことを思い出し、背筋が凍るほどの衝撃を受けたそうです。それ以来、沢田さんは庭園を通る際、必ず上空と背後を執拗に警戒するようになりました。
沢田さんの出来事は、あっという間に式場中に広まり、いまだに語り草になっています。そして、決してカラスを驚かせてはならないという暗黙のルールが出来たのでした。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2022年1月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。

