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仕事も家庭も全力でこなしてきた友人のありさ(仮名・30代女性)。「当たり前」とされ続けた家族内での役割について、ある出来事がきっかけで疑問を持つように。彼女が下した決断は、静かだけれど、確かな転機でした。

完璧な“いい嫁”としての日々

私は、仕事と家事・育児を両立しながら忙しい毎日を送っています。多忙でありながらも、妻として、母として、そして嫁としても「ちゃんとしていたい」と努力を惜しまずやってきました。

義父母は他人に厳しいタイプだったため、私は母の日や父の日、誕生日、敬老の日、クリスマス、お正月の手土産など、欲しいもののリサーチから手配まで、結婚以来完璧にこなしてきたつもりです。

無関心な夫との温度差

しかし、夫は対照的。自分の両親の誕生日すら把握しておらず、毎年祝う気もなければプレゼントを自分から手配する気もありません。私が準備したことを報告しても、返ってくるのは「あー」というそっけない反応だけ。感謝の言葉はなく、それが当たり前のような空気が続いていました。

義母の誕生日に起きた出来事

ある年の義母の誕生日。直前にインフルエンザにかかってしまった私は、プレゼントの手配が間に合わず少し遅れることを義母に連絡。義母は「気にしないでね、お大事にね」と言ってくれ、内心ほっとしながら誕生日の二日後に無事プレゼントを届けました。

ところがその夜、夫から「母さんのプレゼント、遅れたらしいね。気を付けたほうがいいよ」と言われ、私は言葉を失いました。

“いい嫁”からの卒業

義母は夫に「こういうことは奥さんがきちんとしないと」と連絡してきたそう。これまで精一杯やってきた私はすべてを否定されたように感じ、心が折れました。そして「そもそもあなたのご両親なので自分で手配して」と伝えました。その言葉は夫に刺さったようで、彼は「わかった……」とだけ答えました。

その夜、私は久しぶりに“頑張りすぎなくていい安心感”を知りました。“いい嫁”をやめることは、自分を守るために必要な選択だったと確信できて、清々しい気持ちすらありました。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年5月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:Ryoko.K
大学卒業後、保険会社で営業関係に勤務。その後は、エンタメ業界での就業を経て現在はライターとして活動。保険業界で多くの人と出会った経験、エンタメ業界で触れたユニークな経験などを起点に、現在も当時の人脈からの取材を行いながら職場での人間関係をテーマにコラムを執筆中。

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