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もし、自分が大切な人を残して先立つとしたら、何を思うだろう……。誰しもそう考えたことがあるのではないでしょうか? 今回は、私の母・京子(仮名)が小学3年生の時の、怖くて今でも忘れられない出来事を紹介します。

羨ましかった「一人っ子」

私が育ったのは、東北ののどかな田舎町でした。当時、近所に住んでいた同い年のみっちゃん(仮名)とは、はとこ同士ということもあり、姉妹のように仲良く育ちました。

みっちゃんは一人っ子。お母さんが体が弱く入退院を繰り返していたため、5人兄弟で賑やかな私の家によく遊びに来ていました。「京子ちゃんのうちは楽しくていいな」 少し寂しそうに笑う彼女に、私は何も考えずこう言っていました。 「えー、私は一人っ子が良かったな。兄弟がいると、お菓子も取り合いだよ」

しかし、私たちが小学3年生になったある日、みっちゃんのお母さんが突然、亡くなってしまったのです。

涙の別れと、暗闇の帰り道

母に連れられて参列したお通夜。祭壇の前で小さくなっているみっちゃんの姿を見た瞬間、涙が止まらなくなりました。私たちは手を取り合い、子供ながらに悲しみを分かち合いました。

日が落ち、通夜が終わる頃には、あたりは闇に包まれていました。街灯もまばらな田舎道。私は母と手をしっかりつなぎ、家路を急ぎました。カエルや虫の声だけが響く静寂の中、母の手の温もりだけが頼りでした。 集落の墓地に差し掛かった頃、ふと背中に何かの気配を感じたのです。

決して振り返ってはいけない

(何かが、いる……) 恐怖に駆られ、恐る恐る振り返ると、私たちの20メートルほど後ろに浮かぶ、ほの白く、ぼんやりとした光の玉。それが、フワフワと宙を漂いながら、私たちについてくるのです。 「あ、火の玉……」 声を上げようとしましたが、喉が張り付いたように声が出ません。

母に伝えようと手を強く握り返しましたが、母は気づかずに前を向いて歩いています。光は付かず離れず、ゆらゆらと揺れながらずっと追いかけてきます。自分の心臓がドクンドクンと鳴るのが聞こえました。 やがて、自宅の明かりが見え始めると、その光はすぅーっと闇の中へ消えていきました。

「火の玉」の真実

家に帰った私は、母にも兄弟にもそのことを話しませんでした。「火の玉を見た」と言っても信じてもらえないと、子ども心に思ったのです。その夜は頭から布団をかぶり、震えながら眠りにつきました。

それからしばらくの間、「火の玉」のことが頭から離れませんでした。考えているうちに、あれはみっちゃんのお母さんが、残していく一人娘を心配するあまり、「みっちゃんをよろしくね」と伝えに来たのだと思うようになったのです。私と母に必死にそう訴えていたのだと。

そしてあの時、「安心してください。みっちゃんのことは私たちが守りますよ」 その言葉を伝えられなかった後悔だけが、ずっと私の心に残り続けたのでした。

【体験者:70代・主婦、回答時期:2015年8月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:Sachiko.G 
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。

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