鈴木さんという患者さん
私が看護師として働いていた頃、脳梗塞で鈴木さんが入院してきました。若くしての発症ではありましたが、回復が早く退院も間近。リハビリも順調で、日常生活の多くを自分の力でこなせるようになっていた患者さんでした。
止まらないナースコールと現場の困惑
しかし、鈴木さんには少し困った一面がありました。それは、事あるごとにナースコールを鳴らすこと。「ティッシュ取って」「ベッドを少し下げて」など、内容はほとんど鈴木さんご自身でできることばかり。一日に何度もに呼ばれることで、先輩看護師たちは業務に影響が出て、正直なところ現場は少し困っていました。
私は担当ではなかったものの、困っている先輩を見て何度か鈴木さんのナースコールに対応していました。応対しながらも「どうしてこんなことで呼ぶんだろう……」と心の中では疑問に思っていました。
突然の静けさ
そんな鈴木さんを、ついに私が受け持つことになりました。ところが、その日に限って鈴木さんからのナースコールは一度も鳴りませんでした。いつも絶えず鳴っていたはずのナースコールが、嘘のように静か。それでも穏やかな表情で過ごす鈴木さんを見て、私はますます不思議に感じました。
どうして今日は呼ばないんだろう? という疑問が抑えきれず、私は思い切って聞いてみました。「鈴木さん、今日はナースコール鳴らさないですね。何かありましたか?」すると返ってきたのは、予想外の一言でした。
気づきを与えたのは
鈴木さんは、少し照れくさそうに笑いながら、こう答えてくれました。
「YouTubeでね、自分でできることでナースコール呼ぶのは迷惑っていう動画を見て。もしかして俺、まさにそれやってたんじゃないかな……って思ってさ」
こんな風に素直に自分を振り返り、行動を変えようとしてくれる人がいるなんて、と胸が温かくなりました。そして、「まさかYouTubeで気づくとは……!」という驚きと微笑ましい気持ちに思わず笑ってしまいました。
鈴木さんはその日以降、本当に必要なときだけナースコールを押すようになり、病棟の空気もほんのり柔らかくなりました。心が温かくなると同時にちょっとおもしろかった出来事でした。
【体験者:20代・女性看護師、回答時期:2023年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:saya.I
総合病院で看護師として勤務を通して、介護や看護の問題、家族の問題に直面。その経験を生かして現在は、ライターとして活動。医療や育児のテーマを得意とし、看護師時代の経験や同世代の女性に取材した内容をもとに精力的に執筆を行う。

