みんなの頼れるお医者さん
私が就職したのは、心療内科が専門のクリニックです。院長はとても人当たりがよく、スタッフはもちろん、患者さんからの人望も厚い人。診察を受けに、わざわざ他県から通ってくる人もいるほどです。一人ひとり丁寧に向き合う院長の姿に、私は心から尊敬の気持ちを抱いていました。
プライベートで遭遇
ある日曜日のことです。用事のため見知らぬ住宅街を歩いていると、向かいから一人の男性が歩いてくる姿が見えました。距離が近づくにつれて、それが院長だと気付きます。
すかさず「こんにちは! 偶然ですね」と声をかけました。てっきり院長も、いつもの温和な笑顔で返してくれると思い込んでいたのです。
普段の院長とは似ても似つかぬ姿
しかし、院長の顔は見事な能面。無表情のまま小さく「……ちわ」と会釈をし、そのまますれ違っていきました。「本当に、あの院長……!?」と疑いたくなるほどの別人ぶり。
人違いかとも思いましたが、毎日顔を合わせている人を見間違うはずもありません。モヤモヤとした気持ちのまま、休日は過ぎ去っていきました……。
能面の理由
翌日、先輩スタッフに話してみると「ああ、それはね」と理由を教えてくれることに。院長は心療内科医として、日々患者さんの悩みや感情を受け止めます。仕事中は全力で患者さんに寄り添いますが、オフになると心の電源もシャットダウン。他人との関わりを最小限にして、自身の心を休ませているそうです。
「だから、オフの時は見かけてもそっとしてあげてね」と言われ、妙に納得しました。
院長なりの、心の守りかた
どんなに素晴らしい存在でも、院長だって一人の人間。他人を助けることは、自分が健康でないとできません。自分なりにバランスを取りながら働く、医師としての苦労をのぞき見た瞬間でした。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2020年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています
EPライター:S.Takechi
調剤薬局に10年以上勤務。また小売業での接客職も経験。それらを通じて、多くの人の喜怒哀楽に触れ、そのコラム執筆からライター活動をスタート。現在は、様々な市井の人にインタビューし、情報を収集。リアルな実体験をもとにしたコラムを執筆中。

