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旅行の予約業務をしていると、どうしてもお客様のプライバシーに関わる情報を知り得てしまいます。私が旅行会社のコールセンターで働いていた頃、「妻と二人で」と予約をする常連客の、まさかの正体と、その顛末をご紹介します。

愛妻家として知られる常連客

常連客の一人に、近藤様(仮名)という50代の男性がいました。いつも「妻と二人で」と、国内各地の旅館やホテルの予約を依頼されます。高級な宿に泊まるよりも、ひなびた温泉巡りやその土地の美味しいものを楽しむ旅がお好みでした。

私は近藤様の依頼を受けると、「また奥様とですね、仲がよろしいですね」などと会話を交わしていました。

同行者の名前が変わった日

ある日、近藤さんから珍しく沖縄旅行の予約を頼まれ、同行者の名前と年齢を確認すると、奥様ではなく20歳以上も若い女性のものでした。私は驚きつつも淡々と作業を行いました。そして、その旅行を境に近藤様の依頼が、高級旅館やデラックスホテルへと変わっていったのです。

私たち旅行業者は、否が応でもお客様のプライベートな情報を知り得てしまいます。プロとして感情を押し殺して予約業務を行いながら、どこか胸の奥がざわついていました。

一本の電話とプロとしての対応

ある時、予約の完了連絡を近藤様の携帯にかけると留守電になったため、社名と担当者名だけを残しました。すると数分後に折り返し電話があり、「近藤です」と名乗る女性の声。私が言葉に詰まっていると、「妻です。主人の代わりに用件を聞きます」と。

ご本人以外には話せない旨をお伝えすると、「旅行の件でしょ。主人から聞いているから教えて」と迫られました。私は「言わないと余計怪しまれる……?」と一瞬迷いましたが、「規定により、ご本人様からお電話をいただきたい」と繰り返すしかありませんでした。「もういいわ」と電話が切れたあとも、しばらく動悸がおさまりませんでした。

数日後、近藤様からキャンセルの連絡が入りました。理由は語られませんでしたが、言葉少なげでどこか切羽詰まったような様子でした。

「あの電話が原因で離婚になったらどうしよう、もっと良い言い方をすべきだった? でも、そもそも悪いのは近藤様だし……」と、いくら考えても答えは見つかりませんでした。

旅行という名の罰

それから数か月後、再び近藤様から予約の電話が入りました。今度の旅行は、ゴージャスなイタリア10日間の旅、同行者は“奥様”。

「こっぴどく怒られちゃってさ……。謝罪旅行なんだよ。妻は向こうで買い物三昧らしく、僕は荷物持ちだよ」そう話す声は、反省しているのかいないのか、判然としないものでした。

私たちは“旅行のプロ”としてどんなご依頼にも応える立場であり、だからこそお客様も安心して依頼してくださいます。でも時には、知りたくない現実に触れ、感情を押し殺さなければならないこともあります。それでも願うのはただひとつ――その旅が楽しい思い出になることを……。

【体験者:60代・女性会社員、回答時期:2025年11月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:Sachiko.G 
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。

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