定番の質問「来年も咲く?」
筆者が働いていた店舗は幹線道路に面し、切り花だけでなく鉢物や苗も数多くそろえている人気店でした。鉢物や苗は種類が豊富で、新しい品種も次々に登場します。お客様から「これ、来年も咲くかしら?」と尋ねられることが多く、一年で枯れる『一年草』か、翌年以降も花を咲かせる『多年草』かを案内できるよう心がけていました。
枯れた鉢を抱えたお客様
ある年の12月、急に冷え込んだ午後のことでした。60代くらいの女性が一つの鉢を抱えて来店されました。鉢には葉も茎もなく、ただ土が見えているだけ。女性は開口一番、「ここで春に買ったスズランが枯れてしまったのよ。『来年も咲く』と聞いたから買ったのに嘘じゃない? ちゃんと水もあげていたわよ」と強い口調で訴えたのです。
私は慌てて説明しました。「スズランは冬の間、茎や葉が枯れてしまうんです。でも春になれば新しい芽が顔を出しますよ」――けれども女性は首を横に振りなかなか納得されず、押し問答が続きました。
助け舟の声
そのとき、近くにいた別のお客様が見かねて声をかけてくださいました。「うちのスズランも今は何もないわよ。でも毎年咲いてくれるから大丈夫よ」――店員の説明には耳を貸さなかった女性でしたが、「それならそうと、はじめからそう言ってくれれば良かったのに」と、鉢を抱えて帰られました。
クレームからの学び
女性は「来年も咲く=冬の間も枯れずに残る」と思い込んでいたのでしょう。花も葉もすっかり姿を消した鉢を見て、不安に駆られたに違いありません。
確かに多年草には、冬の間に地上部が枯れるものと残るものがあります。専門知識のあるスタッフにとっては当たり前でも、お客様にとってはそうではないことがしばしばあります。
単に花を売るのではなく、花を楽しんでいただく気持ちで伝えれば、「来年も咲きます」ではなく「冬の間は姿を消しますが、春には芽が出てまた花を咲かせますよ」と説明できたはずです。
枯れたスズランは、私に忘れられない学びを残してくれました。
【体験者:60代・会社員、回答時期:2025年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。