レジ対応の教育係
そのスーパーは大学の近くにあり、学生アルバイトが多く在籍していました。
亜衣さんは勤務歴が長いベテランスタッフで、レジ対応の教育係として、新人スタッフと一緒にレジに入ることが度々あったのです。また、研修中のスタッフは、お客様にも事情を考慮いただけるよう、一定期間は「研修中」という文字が名札に記載されるようになっていました。
クレームの常習犯
お客様の中で、少し前からアルバイトの新人にひどい態度を取る男性客、Aという人物がいました。Aはレジに立っている新人だけでなく、売り場で品出しなどをしている新人スタッフもターゲットにしていたりと、悪質な行動が目立っていました。
Aはキョロキョロと店内を見回し新人を探し出すと商品の場所を聞き、場所をすぐに答えられなければ相手を怒鳴りつけるのでした。
Aを完全に黙らせたのは!?
ある日、大学生新人スタッフの八代さん(仮名)の教育係として亜衣さんがレジに入った時のことでした。ふとレジの列に目をやると、そこにはAの姿がありました。
Aの購入品を慣れない手つきでスキャンしていく八代さん。
するとやはりAは怒鳴り始めました。
「おい新人! お前は遅いから、後ろにいるそっちの店員と変われ! お客様は神様だろ? なのに待たせてもいいっていうのか!」
そうすごい剣幕で言い放つと、持っていた傘を思い切り床に投げつけたのでした。
それに対して八代さんの顔は一気にこわばり、手が震えだしました。その姿を見たら居ても立っても居られず、亜衣さんはそっと彼女とレジを交代したのです。
亜衣さんはたんたんと商品のスキャンを進めていきますが、Aは畳み掛けるようにこう言います。
「お前ももっと早くできるだろ! 俺をなめてるのか!」
そのあまりの行き過ぎた態度に、亜衣さんは毅然たる態度で言葉を返しました。
「もし私がお客様にご迷惑をお掛けし、ご不快な思いをさせてしまったなら誠に申し訳ございません」
「しかし、なにぶん「研修中」と書かれた名札を着用している者はまだ勉強中の身でして、ベテランスタッフよりも対応にお時間をいただいてしまうことがございます。誠に恐れ入りますが、大切なお客様方に当店を末永くご愛顧いただくためにも、未来のベテラン社員を育成するために、お客様ご自身にもご協力賜りたく存じます」
大人しくなるA!
Aはその言葉を聞くとその後は何も言えず、そのまま黙ってお会計をし、帰って行きました。
驚いた顔をしている八代さんには、「あなたは十分頑張ってる。だからこの後も、レジをお願いできますか?」と亜衣さんは静かに告げたのでした。
その日以降もAは相変わらず店に通ってきますが、新人を怒鳴りつけることはなくなりました。
新人スタッフといえど、大切な仲間であり、戦力です。
彼らが自信をもって独り立ちできるよう、自分がスタッフ側でもお客様側でも、温かく見守りたいと強く思った出来事でした。
【体験者:20代・女性主婦、回答時期:2025年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:佐野陽菜里
大学卒業後、企業で管理職として活躍するも、妊娠出産を機に退職。育児しつつ、「自分の言葉で文章を書いて、発信したい」とライターに転身。接客業や恋愛のテーマを得意とし、日々インタビューをして情報を収集。