土汚れ回収は気づかれないように
私の働くドラッグストアは、畑と田んぼに囲まれた場所。長い冬が終わり、春の到来を感じさせるのは、気温や桜だけではありません。それは店内の土汚れです。畑仕事の合間に買い物に来るお客さんが履いていた長靴から落ちたもので、気づいた従業員はほうきとちり取りを持って回収しています。しかし、お客さんが気まずい気持ちにならないように、落とした本人に気づかれないようにするのが鉄則です。
店内の至る所に落ちている土
その日はとても天気が良く、畑仕事日和でした。当然ながら店内の土汚れも特にひどく、私はいつも通り土汚れを取って回り始めました。
店内の至る所に落ちている土。たどっていくと、お客さんが何を買っていったのか分かるくらいです。「まるでヘンゼルとグレーテルが帰り道で迷わないように落としたパンくずを、拾って食べる鳥みたいだ」と、私は楽しくなっていきました。
たどり着いた先には!?
頭の中は童話の世界。土取りに夢中になっていた私がたどり着いた先は、レジの前でした。そして目の前に立っていたのは、土汚れのついた長靴を履いた男性客。一気に現実世界へ引き戻されました。
回収したたくさんの土が入ったちり取りを持つ私と、自分の足元を見る男性。そして周りには他のお客さんもいて、お互い非常に気まずい雰囲気です。
どうする、この状況?
いたたまれなくなった私はそっと頭を下げ、その場を離れようとしました。すると、「汚しちゃってごめんね。ありがとうね。次はもう少しキレイにしてから来るよ」と、男性は私に声をかけてくれたのです。申し訳なさでいっぱいで動揺していた私は「いえ私の方こそ、申し訳ございません」としか言えず……。
掃除に没頭していたとはいえ、皮肉と取られても弁解のしようがない場面でした。優しい応対をしてくれた男性に甘えず、次からは夢中になりすぎないようにしようと心に誓ったのでした。
【体験者:40代・女性パート、回答時期:2025年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:hiroko.S
4人を育てるママライター。20年以上、接客業に従事。離婚→シングルマザーからの再婚を経験し、ステップファミリーを築く。その経験を生かして、女性の人生の力になりたいと、ライター活動を開始。現在は、同業者や同世代の女性などにインタビューし、リアルな声を日々収集。接客業にまつわる話・結婚離婚、恋愛、スピリチュアルをテーマにコラムを執筆中。