園で決めている『マーク』
私が保育士として働いている園では、子どもたちが自分の椅子や棚を分かりやすく使えるように、それぞれにシールで『マーク』をつけています。マークに特に決まりはなく、毎年クラスが変わるたびに新しく決めていました。
4月、新しいクラスが始まって少し経った頃のことです。受け持ちの年中クラスのひとり、ももちゃん(仮名)のママから、お迎えのときに声をかけられました。「去年はうちの子、『桃』のマークだったんですけど……」「なんで今年は『ねこ』なの?」
保護者からの思いがけない要望
それはどこか不満そうな口調でした。よく話を聞くと、名前にちなんでつけてもらっていると思っていたようなのです。「桃に変えてほしいです! うちの子も、名前と同じって気に入ってたのに……」
そう言われたものの、マークはすでに全員分決まっています。特定の子だけ変更することはできず、そもそも希望を聞いて決めているものでもありません。
私は事情を説明し、今回はこのままでお願いするしかありませんでした。その場には、少し気まずい空気が流れていました。
子どもの素直な言葉
そのときでした。やり取りをそばで聞いていたももちゃんが、にこにこしながらこう言ったのです。「わたし、ねこちゃんも好き〜!」「ママ、今度ねこちゃんのお洋服買って!」思いがけないひと言に、ももちゃんのママは言葉に詰まります。
そして「そうね……」と曖昧に返すと、そのまま足早に帰っていきました。
マークへのこだわり
それ以降、ももちゃんママから変更を求められることはありませんでした。そしてももちゃん自身はというと、ねこのマークをとても気に入ったようで、気づけばねこ柄の持ち物が少しずつ増えていきました。
あのときのやり取りを思い返すと、『マーク』に愛着を持っていたのは、案外子どもよりも保護者の方だったのかもしれません。この一件以降、同じようなクレームを受けたことはありません。それでも、毎年マークを決めるたびに、私は少しだけドキドキするようになったのでした。
【体験者:20代・女性保育士、回答時期:2024年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:辻 ゆき乃
調剤薬局の管理栄養士として5年間勤務。その経験で出会ったお客や身の回りの女性から得たリアルなエピソードの執筆を得意とする。特に女性のライフステージの変化、接客業に従事する人たちの思いを綴るコラムを中心に活動中。

