ささやかな楽しみ
平日の夜。時計が19時半を過ぎるころ、とあるスーパーの一角がざわつき始めます。
そう、お惣菜やお弁当が割引になる「タイムセール」の時間。この時間を心待ちにしている常連客も多く、シールを貼る店員さんの動きを目で追いながら、あちこちで小さな駆け引きが繰り広げられます。
掘り出し物を狙う楽しさと、逃したくないという焦りが入り混じる、地域住民にとってのささやかな楽しみ。それが、このタイムセールでした。
事件は突然に
ところがある日、店内の空気が一変します。
その日も多くの客がタイムセールを目当てに集まっていましたが、一人の女性客が異様な行動をとりました。両手では持ちきれないほどのお弁当を抱え、まるで“全部私のもの”と言わんばかりに腕に積み上げていたのです。
そして案の定その山が崩れ、複数のお弁当が床に落下。容器は変形し、中身は偏ってしまい、商品としてはもう出せない状態になってしまいました。
広がる波紋
その光景を見ていた男性客が、思わず声をかけました。「これ、あなたが落としたやつだよね? 戻すのはさすがにダメだよ」
女性は一瞬ぎょっとした様子を見せましたが、すぐに「は? 私じゃないんですけど? 証拠ありますか?」と強い口調で反論。売り場の空気は一気に張り詰め、言い争いが始まりました。
そこへ駆けつけたのは、シールを貼っていた中年の女性店員と若い男性スタッフ。「こちらの商品は、状態が著しく悪くなっておりますので、販売できません。申し訳ございませんが、こちらで処分させていただきます」
店側が丁寧かつ毅然と対応したことで事態は収まりましたが、棚に戻されたお弁当は処分され、売り場には何とも言えない嫌な雰囲気が漂っていました。
静かに消えたタイムセール
そしてその翌週。いつもの時間になっても、割引シールを持った店員さんの姿はありませんでした。店内放送にもチラシにも、変更の告知は一切なし。タイムセールはそっと姿を消していたのです。
もちろん、スーパー側から正式な説明があったわけではありませんし、タイムセールの中止があの女性客の行動によるものだったかは、定かではありません。
けれど、たったひとつの非常識なふるまいが、思いのほか大きな影響を及ぼしてしまうこともあるのだと、静かに知らされたような気がします。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025月5月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:miki.N
医療事務として7年間勤務。患者さんに日々向き合う中で、今度は言葉で人々を元気づけたいと出版社に転職。悩んでいた時に、ある記事に救われたことをきっかけに、「誰かの心に響く文章を書きたい」とライターの道へ進む。専門分野は、インタビューや旅、食、ファッション。