母を亡くした直後の日々
母が亡くなってから、私はほとんど休めていませんでした。葬儀の準備に始まり、役所の手続き、親戚への連絡……。実家と自宅を何度も往復しているうちに、曜日の感覚まで薄れていた気がします。
母とは仲が良かったので、後悔ばかりが頭に浮かんでいました。「もっと何かできたのでは」そんなことを考えては、夜中に眠れなくなる日が続いていたのです。
ある雨の日の夕方も、実家の片付けを終えて帰宅する途中でした。身体は重く、足取りもふらふらで、正直かなり疲れていたと思います。
なぜか足が止まった
帰り道には、昔からよく通る細い裏道がありました。その日も、いつものようにそこへ向かおうとしたのですが、不思議なことに途中で足が止まったのです。
「今日は、こっちじゃない気がする」理由はありませんでした。ただ、妙な違和感だけがあったのです。私は少し迷ったあと、普段は通らない大通り側へ回ることにしました。
すると、その数分後でした。後ろから突然、「ガシャーン!!」という大きな音が響いたのです。驚いて振り返ると、さっきまで通ろうとしていた細い道に、古いブロック塀が崩れ落ちていました。近所の人たちも外へ飛び出してきて、「もし人が通っていたら危なかったね」と話していました。
その瞬間、背筋がぞくっとしたのを覚えています。
聞こえた気がした声
なぜなら、道を変えようと思った直前、私は確かに聞いた気がしたからです。「今日はそっちはやめなさい」亡くなった母の声でした。もちろん、周囲には誰もいません。
疲れていたせいかもしれない……そう思おうとしたのですが、母が生前よく使っていた言い方そのままだったのです。あまりにも自然で、まるで隣で声をかけられたようでした。
帰宅後、仏壇の前でその話をしたとき、不思議と張りつめていた気持ちが少しだけ緩みました。「まだ見てくれているのかな……」そう思った瞬間、涙が止まらなくなったのです。
今でも忘れられない出来事
後日、この話を近所の知人にすると、静かにこう言われました。「お母さん、最後まで裕子さんのこと心配だったのかもね」
私は今でも、あの日の出来事が何だったのか分かりません。偶然だったのかもしれませんし、疲れから幻聴のように聞こえただけなのかもしれません。
それでも、ひとつだけ確かなのです。あの日、私は確かに助けられた気がしました。そして今も、ときどき雨の日になると、あの優しい声を思い出します。
【体験者:40代・主婦、回答時期:2026年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:佐藤 栄祠
大手メーカーの営業を経て、ライターに転身。会社員時代に培った経験と、組織の一員であるからこその“喜怒哀楽”をリアルに伝え、「誰かを癒したい」との思いが執筆の原動力。スピリチュアル関連情報にも精通しており、それらに傾倒する人の思いを描いたエピソードも好評。