今回は、以前同じ職場で働いていた優菜さん(仮名)から聞いた話をご紹介します。昔から神社巡りが好きだった優菜さんですが、ある山奥の古い神社で体験した出来事だけは、今でも忘れられないそうです。何気ない軽い行動が、あとから思いもしない恐怖につながることもあるのだと、静かに話してくれました。

山奥の静かな神社

私は昔から神社巡りが好きで、休日になると友人といろいろな場所へ出かけていました。その日に行ったのは、山の奥にある小さな神社でした。観光地のような派手さはなく、人の気配もほとんどありません。

石段を上がった瞬間、空気が急にひんやりしたのを覚えています。昼なのに妙に静かで、鳥の声さえ聞こえませんでした。「なんだか不思議な場所だね」そう話しながら境内を歩いていると、奥のほうに古い祠がありました。その近くに、ボロボロになったお守りが落ちていたのです。

すると友人が、冗談っぽく笑いながら言いました。「こんなの、誰も拾わないでしょ」そのまま軽く足で蹴り、さらにスマホで写真まで撮り始めたのです。その瞬間、私は急に背筋が寒くなりました。

「やめた方がいいよ」と言ったのに

理由はわからないのですが、本能的に「まずい」と感じました。私は思わず、「やめた方がいいよ……」と声をかけました。でも友人は、「大丈夫だって」と気にしていませんでした。その日はそのまま帰宅したのですが、夜になってから異変が起き始めたのです。

夜中の2時頃。玄関から「コン、コン」と、小さな音が聞こえました。最初は気のせいかと思いました。でも確認しても誰もいません。それが数日続きました。私はだんだん眠れなくなり、夜が来るのが怖くなっていったのです。

さらに友人から連絡が来ました。「熱が下がらない……」しかも毎晩、暗い場所で誰かに見られている夢を見ると言うのです。

枕元に立つ気配

私自身にも、奇妙なことが起き始めました。夜中に目が覚めると、身体が動かないのです。金縛りのような状態で、枕元に誰かが立っている気配を感じました。

声は聞こえません。でも、じっと見られている感覚だけがありました。「あのお守りを蹴ったのがまずかったのかも」その時、私は本気で怖くなりました。

数日後、私は別の神社へ行き、事情を話してお参りをしました。すると神職の方が静かに、「神社にあるものは、古くても粗末に扱わない方がいいですよ」と言ったのです。責めるような口調ではありませんでした。でも、その言葉が妙に胸に残りました。

軽い気持ちでやってはいけないこと

その日の夜、不思議と玄関を叩く音はしませんでした。あれほど続いていた金縛りのような感覚も、少しずつなくなっていったのです。一方で、友人はその後もしばらく高熱と体調不良が続いていました。

怖くなった友人は、自分で神社へ行き、お守りを蹴ってしまったことを謝ったそうです。そしてお札を受けて帰宅したあと、少しずつ悪夢を見る回数が減り、体調も落ち着いていったと言っていました。

今でも友人は、「あの時は、本当に軽い気持ちでやってはいけないことをした」と話しています。私もあの日以来、神社では小さなもの1つでも、丁寧に接するようになりました。目に見えないものだからこそ、軽く扱ってはいけないのかもしれません。

【体験者:40代・女性会社員、回答時期:2026年5月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:佐藤 栄祠
大手メーカーの営業を経て、ライターに転身。会社員時代に培った経験と、組織の一員であるからこその“喜怒哀楽”をリアルに伝え、「誰かを癒したい」との思いが執筆の原動力。スピリチュアル関連情報にも精通しており、それらに傾倒する人の思いを描いたエピソードも好評。