頼まれたことを後回しに
私の夫は毎朝、欠かさず仏壇に線香とお茶を供えていました。私は横でその様子を見ていただけで、正直なところ、そこまで深く考えたことはありませんでした。手を合わせる夫の姿を見ながら、「ちゃんとしてるなぁ」と思う程度だったのです。
そんなある日、夫が1週間の出張へ行くことに。「できれば、線香だけお願い」出発前、そう言われたのを覚えています。「うん、わかった」とそのときは軽く返事をしたのですが、仕事や家事に追われるうちに、気づけば何も供えないまま数日が過ぎていました。
「1日くらい平気だろう」そんな気持ちも、どこかにあったのだと思います。
和室から聞こえた小さな音
最初に違和感を覚えたのは、3日目の夜でした。リビングでテレビを見ていたとき、誰もいない和室から「カタン」と小さな音が聞こえたのです。一瞬だけ気になりましたが、「家が古いからかな」と思い、そのまま流しました。
ところが翌日の夜も、また同じような音がしたのです。今度は少しだけ胸がざわつきました。風かもしれない。そう思って窓を確認したのですが、どこも閉まっていました。それでも自分に「考えすぎ」と言い聞かせていたのです。
ただ、不思議なことに、その頃から和室の前を通るたび、なんとなく落ち着かない感覚が続いていました。
閉まっていたはずの仏壇
はっきり異変が起きたのは、5日目の夜でした。寝室に入って電気を消した直後、ふっと線香の匂いがしたのです。思わず体が止まりました。
その日は、もちろん何も供えていません。それなのに、懐かしいような、はっきりした香りが部屋に漂ってきたのです。怖くなって和室をのぞくと、閉めたはずの仏壇の扉が、少しだけ開いていました。
その瞬間でした。「明奈さん」確かに、自分の名前を呼ばれた気がしたのです。耳元ではなく、部屋の奥から静かに届いたような声でした。私は動けなくなり、その場でしばらく立ち尽くしていました。
戻ってきた静けさ
翌朝、私はすぐに仏壇へ向かいました。線香とお茶を供えて、「すみませんでした」と小さく手を合わせたのです。不思議なことに、その日を境に、あの音も匂いもぴたりと止まりました。
数日後、帰宅した夫に恐る恐る話すと、夫は少し間を置いてから、「やっぱりな」とだけ言いました。「昔から、あの仏壇はちゃんとしていないと不思議なことが起きるって言われてたんだよ」その言葉を聞いた瞬間、背筋がひやりとしたのを覚えています。
今では、夫がいない日でも、私は欠かさず仏壇に手を合わせています。あの日の静かな違和感を、もう「気のせい」とは思えないのです。
【体験者:50代・主婦、回答時期:2026年5月】
EPライター:佐藤 栄祠
大手メーカーの営業を経て、ライターに転身。会社員時代に培った経験と、組織の一員であるからこその“喜怒哀楽”をリアルに伝え、「誰かを癒したい」との思いが執筆の原動力。スピリチュアル関連情報にも精通しており、それらに傾倒する人の思いを描いたエピソードも好評。