友人えりちゃん(仮名・30代女性)の妊娠中の実体験です。『よかれと思って』の行為がいつの間にかプレッシャーに。悪意がないだけに断れず、じわじわと負担になっていく。その流れを止めたのは、意外な一言でした。

増していく『善意』の重さ

第一子妊娠中は、医師の指導のもと、体重管理をしながら食事量を調整していました。無理のない範囲で栄養を取りつつ、体重が増えすぎないよう気をつける日々。

そんな中、私の食事量を見た義母が「ちゃんと食べてる?」と心配して差し入れをしてくれるようになります。最初はありがたかったものの、その量と頻度は徐々に増えていきました。

『自分の時代はこうだった』の圧

「そんな少食じゃ赤ちゃんが可哀想」「もっと食べなきゃダメ」と言われるようになり、「病院で体重管理を指導されていて……」と説明しても、「昔はそんなのなかった」「みんな好きなだけ食べていたけど元気に産んでいる」と聞く耳を持たず。

断っても「遠慮しなくていいのよ」と押し切られ、気づけば冷蔵庫は食べ物でいっぱいに。食べなければ申し訳ない、でも食べれば体重が増える――そんな板挟みで、ストレスに感じてしまうように。

限界を超えたひと言

ある日、義母が「次の健診、私も一緒に行くわ!」と言い出し、「先生に“もっと食べさせてください”って言わなきゃ!」と張り切る様子に、さすがに言葉を失います。

その空気を見かねた夫が、「余計な事するな」とはっきり一言。「医師と相談してやってることだから、これ以上食べさせる必要はない」と続け、さらに「今の差し入れの量も多すぎるし、正直負担になってる」と伝えてくれました。

守られて初めて気づくこと

普段は強く言わない夫の言葉に、義母も驚いて黙ります。それ以降、差し入れは控えめになり、無理に食べさせられることもなくなりました。

『よかれと思って』でも、相手の状況を無視すれば負担になる――そして、その境界線は本人よりも周りが引いてくれることもある。そんな現実に、少し救われるような出来事でした。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年1月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:橘 りお
大学卒業後、保険会社で営業関係に勤務。その後は、エンタメ業界での就業を経て現在はライターとして活動。保険業界で多くの人と出会った経験、エンタメ業界で触れたユニークな経験などを起点に、現在も当時の人脈からの取材を行いながら職場での人間関係をテーマにコラムを執筆中。