何気ない夜のドライブ
あの頃の私は20代後半。仕事終わりに友人と「たまには遠くまで行こうか」と話して、奥多摩湖まで車を走らせました。夜も遅く、道路にはほとんど車がいなくて、どこか現実から少し離れたような静けさがありました。
他愛のない会話をしていたはずなのに、なぜかその日は途中から、ぼんやりしていた気がします。理由は分からないのですが、意識が少しだけ遠くに引っ張られるような、不思議な感覚でした。
空気が変わった瞬間
湖の近くに差しかかったとき、車内の空気がふっと変わりました。ラジオはつけていないのに、何か小さな音が混じるような気配。
思わず助手席のほうに目を向けたその瞬間、そこに“誰か”がいる気がしたのです。はっきりとした姿ではありません。でも、3年前に亡くなった彼の存在だと、なぜか分かりました。彼は当時の恋人で、事故で突然この世を去った人でした。
驚きというより、「あれ、なんでここにいるの」という、現実と夢のあいだのような感覚だったのです。
導かれるようにハンドルを切る
彼は何かをつぶやいていましたが、言葉はうまく聞き取れませんでした。ただ、その直後、不思議なくらい強く「ここ、曲がったほうがいい」と感じたのです。
本来なら直進する道でした。でも、迷いはなく、自然とハンドルを切っていました。あとから知ったのですが、その先の道は落石で通行止めになっていたそうです。もしあのまま進んでいたら……そう考えたとき、少し遅れて怖さが込み上げてきました。
見えないつながりを感じて
帰り道、しばらく無言のままでしたが、私はぽつりと「さっき、あの人がいた気がする」と話しました。友人も「なんとなく空気が変だった」と言っていて、完全には否定できない様子でした。
「助けてくれたのかな……」そう口にしたとき、不思議と悲しさよりも、静かな安心感が残っていました。
あの夜以来、目に見えないものを無理に否定しなくなりました。もしかすると、途切れたと思っていたつながりも、どこかで続いているのかもしれません。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:佐藤栄祠
大手メーカーの営業を経て、ライターに転身。会社員時代に培った経験と、組織の一員であるからこその“喜怒哀楽”をリアルに伝え、「誰かを癒したい」との思いが執筆の原動力。スピリチュアル関連情報にも精通しており、それらに傾倒する人の思いを描いたエピソードも好評。