「運命の人」
私は離婚してから10年が過ぎ、気が付けば40代半ば。このままずっと1人なのかと不安を覚えることもありました。良いご縁があれば再婚したいと思いながら、心が動く出会いもなく、婚活も停滞していた時期のこと。職場の同期で10年来の友人でもある理和(仮名)から声をかけられました。
「ぜひ紹介したい男性がいるの」相手は高岡さん(仮名)という、理和のご主人の後輩。先日理和の家で会ったばかりだと言います。初婚で、結婚相手を探しているのだとか。
「すべてを兼ね備えた人よ。彩音にとって、間違いなく運命の人だと思う」私の理想を熟知している理和がそこまで言うのなら――淡い期待を抱きつつ、お会いすることにしました。
譲れない条件
私が結婚相手に望むことは、いわゆる「高スペック」ではありません。ただ、どうしても譲れない条件が2つだけありました。
1つは体格。私が身長170cmと女性としてはかなり大柄なため、隣に並ぶなら、せめて同じくらいの身長と体格の人であること。
もう1つは、よく食べること。食べることが大好きで、料理が趣味の私にとって、「おいしいね」と言い合える食卓は、幸せな家庭の象徴。自分の作った料理をよろこんで食べてくれる人――それだけは譲れない条件だと、理和に何度も話していました。
店員の陰に隠れた「運命の人」
待ち合わせの居酒屋で待っていると、店員に案内されて男性が入ってきました。けれど、その姿がなかなか見えません。店員の背中にすっぽり隠れてしまうほど、小柄で細身なのです。向かい合って座ると、私より頭半分ほど低い……。
挨拶を交わし、注文の流れになると、高岡さんは穏やかに言いました。「僕は少食なので、あなたの好きなものを何でも頼んでください」食べることには関心がないらしく、彼が選んだのは「きんぴらごぼう」だけ。
理和が「運命の人」とまで言い切った理由を探そうと、私はいろいろ質問をしてみました。たしかに、人柄は穏やかで、決して悪い人ではありません。それでも――。きんぴらごぼうを少しずつつまみながらお酒ばかり飲んでいる高岡さんと、幸せな食卓を囲んでいるイメージがどうしても浮かびませんでした。
胸に広がったのは怒りではなく、高岡さんへの申し訳なさでした。私の理想とはあまりに違う。この時間が、彼にとっても無駄になってしまうのではないか――そう思ったのです。
暴かれた本音
翌日、私は理和に率直に尋ねました。「私の理想の条件とはだいぶ違っていたよ。運命の人ってどういうこと?」理和は悪びれた様子もなく、あっさりと言いました。
「だってあなたバツイチなんだから。いい加減、そんな理想は捨てた方がいいんじゃない? 高岡さんは初婚だし、彩音のことを話したら、ぜひ紹介してって言われたし」その一言で、すべてが腑に落ちました。「運命」という熱い言葉の裏にあったのは、私への思いやりではなく、ただその場のノリだったのだと。
「運命」という言葉を軽く感じたあの日から、私は人の紹介を簡単に信じるのはやめようと心に決めたのでした。
【体験者:40代・女性会社員、回答時期:2025年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。