「初めての海外旅行を、絶対に失敗させたくない」そんなお客様の思いに寄り添うのは、プロとして当然です。しかし、旅に「絶対」という保証はありません。今回は、私が旅行会社のコールセンターで対峙した、心配が過剰な要求へと変わっていった一件をご紹介します。

使命感で取り組んだ「夢の旅程」

海外旅行デスクのオペレーターをしていた頃、初めての海外旅行を計画されているA様からご相談をいただきました。行き先はイタリアとフランス。長年の夢だった美術館巡りを、自分のペースでゆっくり楽しみたいというご希望でした。

初めての海外旅行であれば、「添乗員付きのツアーが安心では」とお勧めしたところ、「ツアーでは見たい場所をゆっくり見られない」と個人旅行を選択されたA様。私はA様の長年の夢を叶えるため、最適なルートや日程、宿泊先など、「A様だけの特別なプラン」を精一杯練り上げていきました。

エスカレートする「絶対」の要求

ところが、A様が極度の心配性であることが次第にわかってきました。出発日が近づくにつれ、A様の不安は色濃くなっていきます。

「空港で絶対に迷わない移動方法を教えて」「絶対にぼったくられないタクシーに乗る方法は?」ついには、10日間の滞在中の全食事について「絶対に失敗しない店」を選んでほしい、とまで要求が及びました。

ホテルの設備やサービスなら、旅行会社としてある程度保証ができます。しかし、レストランの味や流しのタクシーまで「絶対」を約束することは不可能です。それを丁重にお伝えした瞬間、A様は声を荒らげました。「あなたじゃ話にならない! 担当を代えて!」

最後の担当者

担当が変わっても、A様の要求はどんどんエスカレートしていきます。次のオペレーター、その次のオペレーターがいくら調査をしても「ダメ出し」が続き、やがてオペレーターからも「これ以上対応できません」と悲鳴が上がるほどに。

とうとう対応できるスタッフが一人もいない状態となり、最終的に残ったのは、海外旅行デスクの責任者のB課長でした。A様は相変わらず「絶対の保証」を要求してきます。しかし、B課長はきっぱり答えたのです。

「A様のご要望は、私たちが負える責任の範疇を超えています。これ以上の無理な要求をされるのであれば、残念ながらこれ以上の対応をお断りさせていただきます」

旅という名の「不確定要素」

受話器の向こうが、一瞬、静まり返りました。B課長はさらに続けて、「我々旅行会社はお客様に安全な旅をしていただけるよう最善を尽くします。しかしながら、旅先の全てに「絶対」を保証することはできません」それ以来、A様から「絶対」という言葉が出ることはなくなりました。

旅行のプロと言えども、お客様の不安をすべて肩代わりすることではできません。できないことを「できない」と示し、プロとして守るべき境界線を引く。その勇気こそが、本当の意味でお客様とスタッフ双方を守ることになるのだと痛感した出来事でした。

【体験者:60代・女性会社員、回答時期:2026年2月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:Sachiko.G 
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。