「まだ?」の一言が、心に刺さる
その日は家に入った瞬間からバタバタで、時間に追われていました。仕事の連絡が鳴り止まないスマホ、冷蔵庫に残された中途半端な食材、頭の中で組み立てる段取り。
そんな時フライパンを温めながら、リビングから夫の声が聞こえました。「ごはん、まだ?」悪意のない確認の一言。だけど、胸に引っかかる「まだ」
「まだ?」と聞かれるたびに、作業しているのに見えていないようで、自分が何もしていない人扱いされた気がしてしまう。その違和感は以前からあって、何度か伝えていました。
キッチンの距離は数メートル
「もう少しでできるよ」と言いながらも、心の中では別の声が聞こえてきました。「まだって何? 今まさに作ってるの、見えてるよね?」キッチンとリビングは、ほんの数メートルしか離れていません。忙しなく動く私の背中も、コンロの火も見えているはずなのに、夫の無自覚な一言で疲れが増していきました。
実は、前にも同じ場面がありました。そのときも家事をしているのに「まだ?」と言われて気持ちが沈んだのに、言い返せず黙って作業を続けました。
言葉のリバース効果を、夫に体験させた夜
夕食後、私は何も言わず、怒りを説明する代わりに同じ調子で声をかけました。「ねぇ、まだ?」夫は一瞬戸惑った顔をして、「え? 何が?」と返します。「洗い物。まだ?」
すると夫は、少し面倒そうに言いました。「今からやろうと思ってたんだけど。俺のペースでやらせてよ」その言葉に、私の中で一瞬だけ間ができました。そして、感情を抑えて息を整え、静かに言いました。「さっき、私にもまだ? って言ったよね」
夫ははっとして、しばらく沈黙しました。「……あ」。そして少し間を置いて、「ごめん……」と言いました。
たった一言が、意外と効く
その一言で、胸の奥に溜まっていたモヤモヤが、すっと消えていきました。それから夫の言い方が少し変わりました。「まだ?」の代わりに、こう聞いてくれるようになったのです。「今どんな感じ?」
劇的な変化ではないけれど、確かに違います。言い方ひとつで、こんなに軽くなるのだと、身をもって言葉の威力を知りました。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年6月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:中條みき
医療事務として7年間勤務。患者さんに日々向き合う中で、今度は言葉で人々を元気づけたいと出版社に転職。悩んでいた時に、ある記事に救われたことをきっかけに、「誰かの心に響く文章を書きたい」とライターの道へ進む。専門分野は、インタビューや旅、食、ファッション。