田んぼで遊ぶのが日課だった幼少期
5歳のころ、僕は田舎の田んぼで毎日のように遊んでいました。カエルやおたまじゃくし、虫を捕まえるのが大好きで、夢中になって時間を忘れるほどでした。
子どもの無邪気さから、今思えば反省すべきような触れ方をしてしまったこともあります。虫かごを揺らしたり、水辺でカエルを追いかけ回したり……悪気はなくても、生き物にとっては迷惑だったはずです。
突然“声が出なくなった”あの夜
そんなある夜のことです。寝ていると、なぜか全身が汗びっしょりになっていました。喉もやけに渇いていて、「水が飲みたい」と母を呼ぼうとしたのですが……声がまったく出ないのです。
痛みも熱もないのに、口を開いても音が出ない。その奇妙さに、幼いながらに恐怖を覚えました。異変に気づいた母は、「風邪でもないのに声だけ出ないなんておかしい」と不安そうに僕を見つめ、翌朝、村の神主さんのもとへ連れて行ってくれました。
驚かされた神主さんからのひとこと
お祓いの場につくと、神主さんは僕の顔を見るなり、ゆっくりと問いかけてきました。「カエルに、いたずらしていないか?」
その瞬間、胸がドキッとしました。あの田んぼでの遊び方は、僕しか知らないはずです。母も「そんな話、聞いていませんよ」と驚いて神主さんを見ていました。僕は小さくうなずきました。
すると神主さんは、「生き物はみんな命を持っている。乱暴に扱うと、こうして返ってくることがあるんだよ」と静かに言いました。お祓いが終わると、さっきまで出なかった声が、不思議と戻っていました。
命の大切さを知ったあの日から
その日以来、僕は生き物に乱暴に触れることは二度となくなりました。急に声を失った恐怖と、神主さんの言葉は、幼い僕の中に深く刻まれたのです。そして大人になってからは、自分の子どもたちにも、「虫も植物もみんな命を持っているから大切に扱うんだ」と伝えるようになりました。
今でも僕は、カエルだけはどうも苦手です。あの夜の出来事は、わが家で語り継がれる小さな怪談のような、不思議な記憶として残り続けています。
【体験者:50代・男性会社員、回答時期:2022年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:辻 ゆき乃
調剤薬局の管理栄養士として5年間勤務。その経験で出会ったお客や身の回りの女性から得たリアルなエピソードの執筆を得意とする。特に女性のライフステージの変化、接客業に従事する人たちの思いを綴るコラムを中心に活動中。