最初は良い人に見えたけど
私が働くスーパーには、高田さん(仮名)という男性パート従業員がいます。入社当初は柔らかい雰囲気の人でした。ところが慣れてきた頃から、別の顔が見えるようになったのです。
機嫌の悪さを表に出す同僚
高田さんの機嫌が悪い日は、ふと表情が険しくなった次の瞬間にはバックヤードの棚を「ドンッ!」と蹴りつける音が部屋中に響くのです。しかも、休憩時間に同僚同士が他愛もない話をしているときなど、高田さんが怒る理由は思い当たらないときばかり。どうすればいいのかもわからず、その後の空気は一気に重くなり、誰もが息をひそめながら仕事をするようになりました。
特に機嫌の悪い日は、女性パートに強い口調で当たり散らし、泣かせてしまったことも何度かありました。店長に相談しても、「高田さん? 僕には普通に接してますよ?」と相手にされず、私たちはただただ我慢するしかなかったのです。
新入りの女の子はちょっと天然
そんな中、新しく永山さん(仮名)がパートとして入ってきました。20歳になったばかりで、人懐っこく明るい子。わりと思ったことをそのまま口にしてしまうタイプです。
ある日の昼過ぎ。私と永山さんがバックヤードで品出しの準備をしていると、高田さんが出勤してきました。その日は珍しく機嫌が良さそうで、鼻歌交じりで入ってきたほど。「おはようございます」とあいさつすると、永山さんが続けて、「あれ? 高田さん、今日は機嫌良いんですね~! 良かった~」と、満面の笑みで言い放ちました。私は思わず固まりました。
まさかの直球発言
高田さんは「はぁ? どういう意味だよ」と声を荒げて詰め寄ってきました。私は慌てて永山さんの前に出て、「ちょっと、落ち着いて」と2人を引き離そうとすると、「だって、いつも機嫌悪いと態度に出るじゃないですか。みんな気を遣って大変なんですよね。家じゃないんだし、感情はもう少しコントロールした方がいいと思いますよ」
その言葉は、完全に高田さんの急所を突いていたようでした。高田さんは何も言い返せず、顔を真っ赤にしながら店内へ消えていきました。私はというと、ヒヤヒヤしつつも、どこか胸のつかえがスッと取れていくような感覚がありました。
ようやく向き合ってくれた
その日の夕方、高田さんが私のところへ来て、ぽつりと聞いてきました。「俺って……そんなに感情出てた?」普段なら誤魔化してしまうところですが、ここで曖昧にしては何も変わりません。
私は意を決して、「うん、正直に言うと、良い時と悪い時の差が大きいね」と伝えました。高田さんは黙ってうなずき、「そっか……ごめん」と口にしたのです。
職場の空気を変えるのは小さな一言
その後、彼の態度が劇的に変わったわけではありませんが、少なくともあの頃のように物に当たったり、周囲に八つ当たりすることは減りました。永山さんは何事もなかったかのように明るく働いていて、その姿が妙に頼もしく見えたのです。
大人になると指摘してくれる人は滅多にいません。年齢も立場も関係なく、まっすぐ意見を伝えた永山さんは、本当にかっこよかった。今回のことで、誰かの本音をまっすぐ伝える勇気が、空気を変えることもあると実感しました。
気を遣うばかりでは何も変わらない。小さな一言が、職場の雰囲気を少しだけ軽くしてくれる――そう感じた出来事でした。
【体験者:30代・女性パート、回答時期:2025年11月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:hiroko.S
4人を育てるママライター。20年以上、接客業に従事。離婚→シングルマザーからの再婚を経験し、ステップファミリーを築く。その経験を生かして、女性の人生の力になりたいと、ライター活動を開始。現在は、同業者や同世代の女性などにインタビューし、リアルな声を日々収集。接客業にまつわる話・結婚離婚、恋愛、スピリチュアルをテーマにコラムを執筆中。