完璧主義の先輩と同室に……
私が公認会計士事務所で働いていた頃、社員旅行で先輩の細川さん(仮名)と同じ部屋になりました。細川さんは仕事が迅速・正確で、所長からの信頼も厚い「完璧主義」。細川さんのデスクの上は、いつも整理整頓がなされ、書類が散らかっていることなど一度も見たことがありません。どこをとっても「非の打ち所がない人」でした。
ホテルの部屋に入るなり、クローゼットやチェストに手早く荷物を収めていく細川さんを見ながら、私は、旅行中に「だらしがない」と思われないようにしなくてはと、妙な緊張感を覚えていました。
プロ顔負けのメイキング
翌朝、チェックアウト前のこと。細川さんは、使い終わったベッドに向かい、ホテルスタッフさながらの手つきでシーツを引き、枕の位置を整え始めたのです。
「テレビでホテルのベッドメイキングを見て以来、私も毎朝やっているの。ピシッと整うととても気持ちが良いのよ。客室係の方も、汚いベッドは嫌よね」そう言いながら、チェックインした時と同じ状態のベッドを完成させました。元ホテル勤務の私は、その仕上がりの美しさに感心しつつも、内心焦っていました。
善意の「ありがた迷惑」
実は、客室清掃では、あまりにきれいに整えられたベッドは 清掃員の手間を増やすものでしかありません。客室清掃は限られた時間の中で、次の宿泊客のためにシーツやカバーをすべて剥がし、交換しなければなりません。どれだけ美しく整えられていても、使用済みのものは当然交換します。つまり、きれいに整っていればいるほど「まず崩す作業」が増えてしまうのです。
私はしばらく迷った末、「ホテル研修で聞いた話」と前置きして、整え過ぎはかえって清掃の負担になることを控えめに伝えました。
誠実さが教えてくれたこと
細川さんは気を悪くするどころか、「知らなかったわ。教えてくれてありがとう」と素直に受け止め、今まさに整えたばかりのベッドを元の状態に戻そうとしました。慌てた私は、「今回はこのままで良いんじゃないですか? 清掃の方も気持ちが良いと思います」と止めました。
自分の行動が誰かの負担になると知った瞬間に、即座に改めようとする誠実さを目の当たりにし、私は改めて、細川さんの人柄に感動を覚えました。
善意は時に相手の都合と噛み合わないことがあります。しかし、相手を思いやる気持ちや姿勢はきっと伝わる。そう気付かされた出来事でした。
【体験者:60代・女性会社員、回答時期:2025年12月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。