忘年会シーズンの予約
学生時代、私がアルバイトをしていた居酒屋は「全室個室」 が売りでした。12月、忘年会シーズンの店内は、目が回るような忙しさです。
ある夜、男性6名の予約のお客様が来店されました。お部屋にご案内した途端、ひとりの男性が眉をひそめ、大きな声で言いました。「君、僕は『個室』で予約したんだが、ここは個室じゃないよね」
突然の指摘に戸惑いながらも、私は「こちらがご予約いただいた個室でございます」 と答えました。
すると男性は、天井付近を指し、「ほら、天井と扉の間に隙間があるじゃないか! 声が漏れる。これじゃ『個室』 とはいえないね!」この予約を受けたのは私自身だったので、「三方が壁、入り口は扉で仕切られた個室」と案内したのを覚えていました。天井の隙間については特に聞かれていませんでした。
店長の毅然とした対応
「予約と違う! 今すぐ『完全個室』を用意しろ!」男性は譲りません。しかし、店内には天井までふさがれた部屋は、そもそも存在しないのです。騒ぎを聞きつけた店長がやって来て、丁重に、しかし毅然とした口調で告げました。
「お客様、当店の『個室』はすべて同じ造りでございます。もしご納得いただけないようでしたら、本来いただく当日のキャンセル料は結構です。他のお店をご利用いただいて構いません」
その日は12月半ばの金曜日。6名で入れる「完全個室」など、今から探しても見つかるはずがありません。男性もそれを分かっているのでしょう。バツが悪そうに視線をそらし、「……まあいい、今回はここで妥協してやる」と、しぶしぶ席に着きました。
食後の値切り交渉
15分遅れで宴会が始まり、2時間後にはコース料理をすべて食べ終え、会計の時間になりました。レジに立った先ほどの男性は、伝票を見るなり鼻で笑います。
「まさか、希望した個室じゃなかったのに満額請求? こっちが妥協してあげたんだから、割引するのが筋じゃないの?」 私は返答に困り、店長を呼ぼうとしたその瞬間でした。
予期せぬ救世主
「あれ? 〇〇さんじゃないですか。どうしたんですか、何かトラブルですか?」通りかかったのは、別グループで来店していたスーツ姿の男性。どうやら同じ会社の同僚のようでした。
「えっ、あ、いや……」先ほどの威勢は一瞬で消え、男性の顔はみるみる赤く染まります。居酒屋で値切って揉めているところを同僚に見られるのは、さすがに気まずかったのでしょう。「じゃあ、カードで」男性は慌ててクレジットカードを差し出し、早足で店を後にしました。
その一件以降、当店では予約時に、「天井部分が5センチほど空いておりますが、問題ございませんか?」と確認するのが鉄則になりました。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2025年11月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。