豪華な料理と優しい義母
結婚して初めて迎える夫の実家での正月。私は少し緊張しながら、夫とともに元旦から義実家へ向かいました。玄関を開けると、すでに義兄夫婦と子供たちが集まっていて、家中が賑やかな笑い声に包まれていました。
リビングのテーブルに目をやると、思わず息を呑みました。見事なおせち料理、艶やかな煮物、豪華なお刺身、そして山盛りの天ぷら――料理上手な義母の手料理が、所狭しと並んでいたのです。
「さぁ、遠慮しないで食べてね!」新年の乾杯の後、義母の言葉を皮切りに、一斉に皆の箸が料理へと伸びていきました。私も大好物の天ぷらに手を伸ばしたのです。
絶品天ぷらに潜む罠
揚げたての海老天は、サクッと香ばしく、まさに絶品。「お義母さん、美味しいです! 今度コツを教えてください」お世辞抜きで伝えると、義母も満更でもなさそうに頬を緩めました。
実はお刺身が少し苦手な私は、大好きな天ぷらや煮物を中心にいただいていました。特に海老天には目がなく、1本、2本と食べ進め、あまりの美味しさに3本目の海老天をお皿に取りました。そして、口に運んだその瞬間……。
義母の絶叫とはじめて知った義実家ルール
「あらっ真紀さん! 海老は2本ずつよ!」義母の大きな声が、リビングの空気を切り裂きました。一瞬、全員の箸が止まり、シンとした静寂。そして、一斉に私へと集まる視線。「天ぷらはね、全部ひとり2つずつになっているのよ」
……え? 頭が真っ白になりました。どうやら義実家では、大皿料理であっても、すべての料理が「ひとり〇個ずつ」で作られているらしいのです。各自、料理の数と人数からひとり分の数を把握して食べる――それが、この家のルールでした。
「真紀さんが3本食べたから、私は1本で良いわ。みんなは2本ずつ食べてね」義母がそう言うと、皆が静かに頷きました。その場にいた私以外の全員が、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、きれいに割り当てどおりの分量を食べていたのです。知らないのは、どうやら私だけのようでした。
夫の一言で知る「完全アウェー」
帰りの車の中、私が夫に「先に教えてよ」と訴えると、夫は不思議そうに首をかしげたのです。
「え? 普通そうじゃないの? ひとり分の数を考えて食べるのが当たり前だろ」その返事で、私はすべてを悟りました。義母にとっても、夫にとっても、それが「普通」なのです。全く悪気もなく、ただ、私の「普通」とは違っていたということ。
悪気はないとわかっていても、私にはあのピンと張り詰めた空気が忘れられません。この事件がトラウマとなり、私はしばらくの間、大好きな海老天が食べられなくなってしまいました。そして、大皿料理を前にすると、無意識に数を数えるようになっています。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2023年1月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。