癒しの存在・山下さん
私がいた営業部署は、毎日が戦場のように忙しく、若手社員たちは常に寝不足で、職場全体がピリピリしていました。そんな中で唯一の癒しが、事務の山下さんでした。
彼女は「お疲れ様、頑張ってるね」「今日も安全運転で行ってきてね」と声をかけながらお菓子を配る、“職場のお母さん”的存在。優しくて気が利き、山下さんの笑顔に救われていた人は多かったと思います。
優しさが少しずつズレていく
新しく配属された徳川くん(20代・爽やか系)にも、山下さんは変わらず優しく接していました。しかしある日から、彼の“言っていない好み”を山下さんが自然に当てるようになります。好きなコンビニのおにぎりの具、よく買う飲み物までピタリ。
最初は「気が利く人だな」と思っていた徳川くんも、やがて「どこで知ったんだろう……?」と不安を感じるようになります。さらに週末に行ったカフェの話まで当てられ、「そんなこと誰にも言っていないのに」と、背筋が冷たくなったそうです。
やんわり断っても止まらない差し入れ
怖くなった徳川くんは、「お気持ちだけで大丈夫です」「最近控えているので……」とやんわり断るようになりますが、山下さんは「いいのいいの、若いんだから食べなきゃ!」と笑って差し入れを続けました。
そのうち同僚のひとりが、山下さんが徳川くんのゴミ箱を覗き、捨てられたレシートやチラシをじっと見つめているところを目撃してしまいます。
優しさと干渉の境界線
その出来事をきっかけに、山下さんは上司に呼び出され、「気遣いはありがたいけれど、他人の生活や領域に踏み込んではいけない」と注意を受けました。それ以降、彼女の“過度な差し入れ”はなくなり、職場には静かな安心感が戻ります。
優しさは、相手の心の距離を尊重してこそ本物です。境界線を越えた瞬間、それは干渉や不快感へと変わってしまうのだと、この出来事が教えてくれました。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2017年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Ryoko.K
大学卒業後、保険会社で営業関係に勤務。その後は、エンタメ業界での就業を経て現在はライターとして活動。保険業界で多くの人と出会った経験、エンタメ業界で触れたユニークな経験などを起点に、現在も当時の人脈からの取材を行いながら職場での人間関係をテーマにコラムを執筆中。